月刊ライフビジョン | 社労士の目から

労働分配率を賃上げのスローガンに!

石山浩一

企業内部留保と労働分配率

 財務省が9月3日に、平成29年度の法人企業統計で企業が得た利益から配当金などを差し引いた利益剰余金(金融業、保険業を除く)が446兆4844億円だったと発表しました。これは前年度より40兆2496億円増加し、6年連続で過去最高を更新しているという。その結果、平成23年年度末に比べた利益剰余金、いわゆる内部留保が約164兆円の積み増しとなりました。一方、企業が支払う人件費の割合を示す労働分配率は平成29年度が66.2%で、43年ぶりの低い水準となっています。

 日銀が2%の物価上昇を掲げている状況下の賃上げはどうだったのか。連合は定期昇給を含め4%程度の賃上げ要求を決め、安倍総理は経団連に対して「経済の好循環を回すために賃上げ3%」を要請しました。しかし、今年の賃上げ結果は、連合発表で2.07%でした。なぜ内部留保ばかりで、賃金として従業員に分配されないのか。

利潤の再分配

 戦後の経済混乱期に日経連会長として日本経済をリードしてきた桜田武氏は、利潤の再分配について次のように述べています。

 得られた利潤は次の4つに分配される。

 ① 資本の持ち主に対し …………………………… 配当、利子

 ➁ 従業員に対し …………………………………… 賃金、賞与、手当

 ③ 国や地方公共団体に対し ……………………… 租税公課

 ④ 事業そのものに対し …………………………… 蓄積

 この4つの項目を眺めてみると、①の配当は平成13年度までは配当金額に大きな増減はみられなかったが、平成14年度から大きく増加して、平成18年度をピークに減少に転じたものの、平成23年度以降は再び増加傾向にあります。(財務総合政策研究所)

 ③の租税公課は法律によって定められた税率によりますが、法人税は平成26年度25.5%、27年度23.9%、28年度~30年度は23.2%と多少減少傾向にありますが、租税公課による利潤の増減はないといえます。

 ②の従業員に対する労働分配率(雇用者報酬/国民所得)は前述のように年々減少しています。

  平成12年   13年  14年  15年…… 26年   27年   28年  29年       

   70.3%  70.5%  69.9%  67.7%  68.9%  67.6%  66.6%  66.2%

 総務省統計局「労働力調査」、内閣府「国民経済計算」、財務省「法人企業統計」より算出

 中西経団連会長は安倍総理の賃上げ要請に対し、「民間企業の賃金引上げは会社ごとに労使交渉で決めることですから、お任せいただくのが筋です」(文芸春秋6月号)と述べています。これだけ内部留保が積みあがった要因には、会社の従業員への対する分配不足と労働組合の賃上げに対する努力不足といえます。

 ホテル「リッツカールトン」の経営哲学に「顧客満足度を向上させるためには、まず従業員満足度を高めなければいけないと考えている。」があるといいます。企業のトップはこの経営哲学を労働条件に当てはめ、④の事業そのものに対する蓄積とのバランスを考えるべきと思うのです。

労働分配率を賃上げのスローガンに

 第一次オイルショックは賃上げ交渉に大きな影響を与えました。オイルショックによる物価上昇を背景に展開された昭和49年の賃上げ交渉は32.9%という大幅な上昇となりました。名目賃金が32.9%上昇したが狂乱といわれた物価上昇により、実質の賃上げ率は2%強だったのです。そのため当時の日経連は「大幅賃上げの行方検討委員会」を設置、賃上げを生産性の範囲内とし、「昭和50年は15%以下」「昭和51年は1桁」というガイドラインを発表しました。その結果、2桁賃上げは昭和50年が最後となってしまいました。

 当時の賃上げ率は下記の通りです。

   昭和48年  昭和49年  昭和50年  昭和51年  昭和52年  昭和53年      

  20.1%   32.9%   13.1%    8.8%    8.8%    5.9%

 かつて賃上げの要求基準は物価上昇+生活向上分であり、組合員にも説得力がありました。しかし、最近は物価がマイナス続きのため賃上げの要求基準にはなりません。

 そこで物価に代わるスローガンに労働分配率を掲げてはどうだろうか。平成2年から28年までの労働分配率を眺めると69%以上が半数ほどあり、こうした数字を理論付けして賃上げのスローガンとするのです。自分たちが働いて得た利益を賃金に反映させることは、労働組合の大事な使命と考えるものです。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/