月刊ライフビジョン | 社労士の目から

働き方改革にほど遠い労基法の改正

石山浩一

 新聞等を賑わしている働き方改革の目玉ともいえる労働法の関連法が成立しました。しかし、その内容は政府が声をはりあげるほどのものだろうか。労働基準法関係では、残業規制等の飴と引き換えに、労働生産性向上を目的とした労働時間規制の撤廃、という鞭が混じっています。改めて労基法の改正法案を検証してみたい。

“甘そうけど舐められない飴”

 労基法で改正された項目が4か所あります。3か所は働く人を長時間労働から守ると見せかけた飴と、中小企業への適用が猶予された項目で、残りは厳しい鞭となっています。

 一つ目の飴は、「残業時間の規制」です。労働時間は1日8時間、週40時間が原則ですが、労使協定を結べば残業時間は事実上青天井のため、長時間労働による過労死などが社会問題となっています。

 今回の改正では労使協定があれば残業時間の上限は月45時間、年360時間としているがこれは原則です。例外として繁忙期等の場合は月45時間を超える残業を年に6か月以内とし、年間の上限は720時間となっています。これは休日労働を含めない場合で、休日労働を含めた場合は月100時間未満となっています。この限度を超えると、6か月以下の懲役か30万円以下の罰金刑が課されることになったのです。この改正によって罰則刑が課されることになったが、計算上は休日出勤がなければ年間720時間までは、従来通りの残業を命じることが出来るのです。これでは働き方改革という名には程遠い内容であり、法定時間を超えた場合の罰金刑が飴のようです。

 二つ目の飴が仕事と仕事の間の「インターバル制」です。これは終業時間から次の始業時間までの間を一定時間以上空けるという制度です。これまでは長時間の残業で午前様になっても、定時には出勤しなければなりませんでした。今回の改正でインターバルが11時間であれば、午前0時まで残業した場合は、11時の出勤となります。長時間労働による過労死防止には有効な制度ですが、現段階では努力義務であり、インターバルの時間も労使協定となっています。おいしそうな飴ですが、当分はオブラートに包まれていて舐めることができないでしょう。

“与えられたほろにがい飴”

 三つ目の飴は年次有給休暇付与の義務化です。10日以上の有給休暇のある人に対して、最低5日の付与が19年5月から義務化されます。有給休暇は各人の権利であり、申し込めば自由に取得できるものです。従って、有給休暇の活用は働く人にとって大事な働き方改革のはずでが、消化がされていません。10年前にも次世代育成支援のために「仕事と生活の調和(ワークライフバランス)憲章」を政労使が合意をして打ち立てました。その実現のために14項目の数値目標があり、その一つである有給休暇取得は2017年にまでに完全取得となっていました。立派な旗を掲げながら10年経過しても49.4%ということは、目標を反故にした政労使の怠慢としかいえません。

 同時に有給休暇は働く人の働き方改革の有効な手段であること考えると、取得率が低いのは働く人自身にも責任が伴う「にがい飴」といえるかもしれません。

 大企業に適用されている残業の割増率は23年4月から、これまで猶予されていた中小企業にも適用されることになります。この改正は、飴を包んでいたオブラートが溶けて中小企業の人も「甘い飴」を舐められるようになったといえます。

 これらの内容は会社が従業員の健康なり家庭生活を考えれば、当然守るべきことであり、実施すべきことばかりです。

“対象の拡大が懸念される「高プロ制度の鞭」”

 こうした飴を与える代償として提案されたのが、成果を求める企画業務型裁量労働制の業務の拡大と、高度プロフェッショナル制度(高プロ制度)でした。これまでの1日8時間、週40時間という労働時間の原則を適用せず、というものです。

 このうち「裁量労働制の拡大」はデーターの不備から見送られることになり、高プロ制度が実施されることになりました。高プロ制度は年収が1075万円以上の一部の専門職が対象で、19年4月の導入が決まっています。職種などの詳細は今後省令で定められることになっていますが、適用者は残業や休日出勤・深夜労働の割増賃金の規定から外れることになります。

 会社は労働時間管理をする必要がなくなりますが、年104日の休日を与えなければならず、かつ4週間に4日の休日付与の義務があります。長時間労働による弊害を解消するため健康管理に関する規定を設けていますが、そこまで追い込む必要があるのか疑問を感じます。この制度の適用は健康を害する危険があり、犠牲者が出た場合は直ちに廃止する決意を持つべきであります。同時に裁量労働制の拡大が再び提出される懸念もあります。

 これが政府の考える「働き方改革」に伴う労基法の改正概要です。改革というにはお粗末すぎる内容であり、安倍政権特有の「巧言令色鮮仁」の見本ともいえるものでしょう。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/