月刊ライフビジョン | off Duty

あれから8年の気仙沼

曽野緋暮子

 5月下旬に念願の「気仙沼ニッティング」に行った。

「気仙沼ニッティング」は糸井重里の肝いりで起業した会社で、気仙沼在住の女性達がカーディガン、セーターを1枚1枚、手編みする。カーディガンは注文者が気仙沼に行き、編み手に採寸して貰う。編み上るまでの進捗状況を、編み手が注文者に手紙で知らせる。出来上がったら注文者は気仙沼に引き取りに来て試着。良ければ即引き渡しだが、NGなら編み直しとなる。価格が税別約15万円だが、注文してから2年待ちの人気だそうだ。セーターは既製品もあるが、こちらも税別約7万7千円と、たかが! カーディガンではないのだ。

 お店は土日だけの営業で、イベントなどでクローズすることも多いようだが、私が訪問した日は運よくオープンしていた。港の近くで津波被害を免れた小高い住宅地の、細い路地の奥の民家をリニューアルしたお店は、開け放された窓から気仙沼港周辺が見渡せる、風情あるしつらえだった。

 セーターは既製品が何点か展示してあった。高価な商品なので恐る恐る触ってみる。糸は泉州の工場の、この商品専用の軽い糸だとか。確かに軽くて肌触りが良い。網目もきれいな仕上がりだ。「試着できますよ。」と声を掛けられたが、着心地の良さに負けてカード払いで購入してしまいそうな自分が恐かったので、やんわりお断りした。

 1点だけ展示してあるカーディガンを眺めているとオジサン来店。カーディガンの注文者だ。できあがったと連絡を貰ったのでうれしくて徹夜で車を走らせてきたという、静岡からのリピーターだ。そのカーディガンを編んだ女性の前で早速試着。採寸、仮編みしただけあってピッタリだ。試着したまま編み手さんと記念撮影し、お喋りが弾む。これもニッティングの付加価値なのかな~。オジサンは「いや~、良いなあ~、うれしいなあ~、もう1着頼もうかなあ~」と、とても嬉しそう。「丈をもう10センチ位長くして貰うのって、やっぱり無理?」とのオジサンに、「デザイナーさんが今のデザインは変えられないと言われるので」とお店の人。糸井重里のつながりで高名なニットデザイナーが無料でデザインを提供したそうなので、そこは譲れないらしい。従って色違いはあるが、デザインの種類は少ない。購入者のオジサンとお店の人達が盛り上がっている中、単なる見学者の私はそっと店を出た。

 坂道をタラタラ降りて、昨年11月に仮設から本設になった紫神社前商店街に行くと、復興グルメF1大会で知り合いになった男性とばったり。「きょう、どうしたの?」と驚かれた。「東京に用事があったので、ちょっと足を伸ばして気仙沼ニッティングの見学です」と私。「僕は行ったことないですよ。地元の人は買わないですよ。」「そうだよね~。暖かくても毛糸は風を通すからコートの代わりにはならないし、77,000円あったらセーターじゃなくてコート買うよね~。」と私。「僕ならスーツ買いますよ。(笑)でも今はネットの時代なので、糸井重里さんの発信力でマスコミに何度も取り上げられて、海外や全国からお客さんが来てくれるのはとても良いと思いますよ。もちろん、編み手さんという雇用も生まれているのでね。気仙沼を有名にしてくれたことは嬉しいです。」

 同じ商店街のコロッケ屋さんでランチ。このコロッケ屋さんとは2013年以来の付き合いだ。ランチ価格は仮設の時と変わらない500円で、地元の人だけでなく港や防波堤の工事の人達にも人気のようだ。「500円はキツイけれど皆が喜んでくれているので、続けられるまで頑張るわ」と明るい店主。高い防波堤が出来て海が見えないのが寂しい。防波堤のすぐ内側に勤労者センターが入る大きな建物も建設中。海が尚更遠く感じられるようだ。

 東日本震災後8年、まだまだ目が離せない気仙沼のプチ旅の報告でした。