月刊ライフビジョン | 社労士の目から

労働生産性の理屈について

石山浩一

 労働生産性という文字をよく目にする。特に日本経済の国際競争力を比較する際には重要である。労働生産性とは労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを定量的に数値化したものであり、労働者の能力向上や効率改善に向けた努力、経営効率の改善などによって向上するとされている。労働生産性の向上は、経済成長や経済的な豊かさをもたらす要因とみなされているが、それを実感することは少ない。

 現在政府が力を入れている「働き方改革実行計画」にも数多くみられるが、その労働生産性を考える。

労働生産性の計測と日本の労働生産性

 生産性とは、あるモノをつくるにあたり、生産諸要素がどれだけ効果的に使われたかということであって、それを割合で示したものということである。日本生産性本部の調査による2015年時点での就業者1人当たり労働生産性は74.315ドルでOECD加盟35か国中22位となっている。ニュージーランド(72.109ドル)をやや上回るものの、カナダ(88.518ドル)や英国(86.490ドル)を下回っている。また、就業1時間当たりの労働生産性も、42.1ドルとOECD加盟35か国中20位で前年より1つ上昇しているという。特に、サービス業の生産性は米国の半分という結果を報じている。

 日本生産性本部が労働生産性の国際比較計測にあたっては、購買力平価(PPP)によって通貨換算を行っている。購買力平価はOECDや世界銀行で発表されており、OECDの2015年の円ドル換算レ-トは1ドル=105.332円となっている。

 例えば日米で質量とも全く同一のマクドナルドのハンバ-ガ-が、米国で1ドル、日本で100円であるとすれば、ハンバ-ガ-のPPPは1ドル=100円となる。同様の手法で多数の品目についてPPPを計算し、それを加重平均して国民経済全体の平均PPPを算出したものが、GDPに対するPPPになるという。仮に1ドルが50円であればハンバーガーのPPPは50円となり半分となる。従って、労働生産性の国際比較は為替に大きく左右されることになるが、これは労働者の能力向上や効率改善でカバーできるものではない。

賃上げと労働生産性

 4月20日の日本経済新聞の「大機小機」は、今年の2.41%(日本経済新聞集計)の賃上率の高さに疑問を呈している。日本経済には本当の成長が伴っていないので、将来的にコスト・プッシュ・インフレが心配という。国際通貨基金(IFM)の今年の日本の経済成長の見通しは1.2%とされている。マクロ的には、賃金上昇率は経済規模の拡大と一致するため、実質的な賃上げ(ベア)は(賃上率-定昇率)が実質成長率を超えていれば、その分はインフレに反映されるというのである。

 成長率を高める基本は労働生産性の向上であり、米国に比べて日本の労働生産性はほとんどの分野で1/2の低水準であるから、賃上げは抑えるべきとも受け取れる。では定昇を何%とみるかであるが、連合は今年の賃上率4%のうち2%を定昇相当としている。集計したデーターはないが、大卒者が22歳で入社した際の初任給が23万円、60歳の定年時の給与が57万円(厚生労働省27年賃金基本調査より推定)とすれば、38年間の賃金増額は34万円である。この増額を38年間で除すれば年間の増額(定昇額)は約9千円となる。9千円を38年間の推定平均賃金40万円[(23万円+57万円)÷2]で除すれば、推定される賃金上昇率は約2.2%となる。ただし、賃金が上がる要因は定昇にカウントされない昇進昇格などがあり、それは経験則ではあるが0.5%程度と推定する。従って、定昇率は2.2%-0,5%=1,7%とみることが出来る。今年のベアは[2.41%(賃上げ率)-1.7%(定昇率)=0.71%]程度であり、OECDの成長見通しの範囲内である。

 今年の賃上げを評価するのであれば、成長の見通しに0.5%未達であるため日銀が掲げるインフレ2%達成を実現できない低い水準であるというべきである。こうしたことからコストプッシュインフレは杞憂であり、実感なき労働生産性を振り回すのは有難迷惑である。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/