月刊ライフビジョン | 社労士の目から

現場発で生産要素の革新を

石山浩一

 2018年4月から「無期転換ルール」が開始されるのに伴い、企業の人事部や労働組合ではその対応に忙しかったことと思います。

 無期転換ルールとは、改正労働契約法によって契約社員や派遣など(有期雇用)で通算5年勤務を超えて契約を更新する人が、本人の希望により期間の定めのない働き方(無期雇用)に転換できるという制度です。転換対象者はおよそ450万人と推定されています。この9月からは有期雇用派遣の3年期限ルールも始まるため、2018年度は人事労務管理にとって大きな転換点となることでしょう。

 この春は引っ越し業者が、せっかくの最盛期であるのに案件を断らざるを得ないほどの人手不足で、サービス業などでは転換ルールの有無にかかわらず、社員の処遇改善を前倒しに取り組む企業が多いようです。

 一方製造業は処遇改善に後ろ向きで、特に自動車メーカーなどでは契約期間を工夫するなどして、期間従業員が無期転換ルールの権利を得ることの無いようにしているそうです。自動車の生産ラインは繁閑の差が大きく、国内での大きな販売台数減少が予想されるために、経営的な判断なのかもしれませんが、無資格者による検査などの事件や今後の労働人口減少などを考えると、日本のモノづくりの未来に不安を禁じえません。

 研究者の有期雇用が問題視されている大学や研究所でも、対応に後ろ向きの機関が少なくないらしく、こちらもかつて技術立国と言われた日本の将来に不安の影を落としそうです。

 正社員組合員の中にはそれらの「調整弁」があるから企業が安定し、自分たちの処遇の安定も得られると思っている方が多いようですが、長い視点で見てみれば明日は我が身、いずれは正社員への不利益に繋がることが容易に予想されます。

 最近の日本企業経営では、人事労務管理という『科学*1』が軽視されているように感じます。成果・能力主義での評価や労働時間管理という『化学*2』にばかり目が向けられてはいないでしょうか。

 アメリカのIT企業では卓球台が置いていなければ一流のIT企業とみなされない、というようなニュースを聞きました。「卓球台くらいうちの会社の娯楽室にも置いてあるぞ」と安心する経営者もいそうですが、社員がいかに働きやすく、優れたアイデアをひらめきやすくする環境を用意するかに腐心しているさまを表現した話でした。

 日本の企業でも、メガネメーカーのJINSなど、社員がより働きやすく、アイデアがひらめきやすい環境を目指して、オフィスや事務用品の開発にまで乗り出しているという例も聞きます。

 これらはあくまで研究開発部門での話かもしれません。しかし、かつて日本のモノづくりの隆盛を支えたのは、現場におけるカイゼン提案というひらめきだったはずです。

 「天才とは99%の努力と1%のひらめき」という言葉から、かつては多くの人が「努力が大切なのだ」と理解していましたが、近年になって「いくら努力したところでひらめきがなければ駄目なのだ」というのが真意だと広く知られるようになりました。

 今、中国では松下幸之助氏や稲森和夫氏など、日本の優れた経営者の経営理念に倣う企業が急成長してきているそうです。

 政府による働きかけや法律に従って、仕方なく人事労務管理を見直すのではなく、未来を見据え世界を俯瞰しながら、労使ともに働くことのイノベーション・生産要素の革新を薦めることこそ、これからの日本の組織に求められる真の働き方改革ではないでしょうか。


『科学*1』経験的に論証できる系統的な合理的認証 『化学*2』諸要素の構造、性質並びに相互間の反応