月刊ライフビジョン | ヘッドライン

2/24報告「現代の働き方」の問題点を探そう

編集部

 ライフビジョン学会では2018年 2月24日(土)13:15~17:00、東京渋谷のオリンピック記念青少年センターで公開研究会を開催しました。当日の話題を抜粋して報告します。コーディネータはライフビジョン・奥井禮喜


 「働き方改革」についてライフビジョン学会会員Iさんは、「一般の法改正は法律が改正されてガイドラインが作られるものだが、今回は逆で、先にガイドラインを作った。同一労働同一賃金に関する問題でガイドライン案はできているが、法律はまだ国会で審議されているのだから、事業者からの質問等を受け答えするにも、ガイドライン案の中身しか答えられない。」という。「今回の総活躍社会を含めた一連の問題は、どうやら安倍総理の暴走である。中身はあまりないのに先に公言してしまい、それに基づいて周りが忖度して進めている気がする」。

 しかし「働き方というならば、そもそも「正規社員」と「非正規社員」の区分が理屈上本当に必要なものなのか、から考えるのか政治である」と奥井が指摘する。現政権は土台の整地が出来ていないところに無理な法案を次々に積み上げる、違法もどきの建築物が目に余る。

 今回もまた、企業は労働者を安く働かせるために非正規社員を作り、ガイドラインを作り、社労士会にはそれに間に合うような答えを出せというのだから怪しい。

 また政治家が、自分たちを「養って」くださる国民の皆様に、「働き方」を説けるものであろうか。「ヤクザはみかじめ料を「集金」して歩くとき、しっかり働けと言い残して帰るという。これと同じ話が働き方法案だ」と、痛烈な指摘をする。そうこうする間に法案の根拠とされたデータの信ぴょう性が崩れ、働きかた法案の提出は遅れるという。廃案にすべきだ!

 一方、迎え撃つ労働組合もまた、組合員の無関心、組織離れ問題を抱えている。

 そもそも組織の生成について考えると、最初の人間は採取生活に始まった。当時は連帯していない。現代もキノコ採りなどでは収穫の場所を人には教えないものだが、同じ人間が12000年前に農耕を始めて、共働作業の効果を体得して、村ができていく。本来は自分が村であり、組合であり、国家なのである。こういう大きな時間と歴史を描きながら、現代人のアパシー、組織離れ問題を見直していきたい。

「現代の働き方」の問題事例――若者たち

 東大出版部の月刊誌「UP」よると、本田由紀さんとそのグループが、『危機のなかの若者たち』という本を出した。これによると、若者たちの4人に1人が非正規か無職。大卒と院卒の5人に1人が非正規。これも深刻だ。インチキ論文事件もあったが、あれも非正規。気の毒な面もある。このグループの研究は、700-800人以上に分厚い調査資料を渡し、5年間記録し続けてもらったもので、面接もしている。

 若者の3人に1人が安定した仕事に就いていない。一方で、募集しても人が来ない。仕事に就いている人たちは、仕事がきつい、責任が重たいという。そもそも非正規社員には責任がないはずなのに。報酬が少ないが手抜きはしない、やりがいを持っている。やりがいは「人間関係」が多いらしい。

 このグループの分析では、彼らは賃金・労働時間と無関係に働いている。逆にいうと働くことは素晴らしい、社会のためになることは素晴らしいという「否定しにくい思想」があり、それ自体が「ブラック会社を生き残らせる危険性」を帯びているのではないかという客観的な気づきもある。仕事が十分できないのは自分が悪い、とも思っているようだ。

 流通で働く女性が言うのに、自分の職種は低賃金でよい販売員が入らず、すぐに辞める。別の会社でも、いまの若い人はすぐ辞める、と何人もが言う。

メリトクラシーが人々を支配する

 働く世界を支配している思想の一つにメリトクラシー(meritocracy 業績支配)がある。

「人の評価は、身分・家柄などではなく、本人の知能・努力・業績によるべき」だとする考え方であり、そのような社会を構想する。

 1960年代初めに話題になったメリトクラシーは、労組を壊す面も心配された。働くことを学歴主義でなく能力実力主義でやるべしといい、当時としては少しは前進だったが、それを発揮した人が出世して、出世しないのはだめな人、という新たな差別の価値観を作った。

 その典型が成果主義で、何が成果か分からないまま広まった。これを括ってみると、貧富の違いは知能、努力、業績を上げた本人の資質に起因するという社会的気風が作られ、その結果、努力せず能力がないから生活保護を受けるのであってけしからん、という今日の気風につながっているように思う。

「貧富の違いを個人の資質に原因する」と考える社会では、社会構造の変革をめざすような集団的行動は発生しにくい。組合の元気がないのはここに当てはまるのではないか。

 全盛期の総評企画部長・山崎俊一さんが、総評は一番弱い人たちの駆け込み寺だ。そこに視点を合わせて活動していたのが総評だ、と常に語っていた。いまの組合で、一番弱い人たちに視点を構えて運動を考えているところがあるのか。もっともこれは30年以上前の先輩世代がすでに(方向転換の)種をまいているのだが、安倍も他の政治家も、この哲学を論じられる政治家はいるのだろうか。

はじめに人間ありき――働きかた改革

 健全な労働から健全な商品が生み出される、という言葉は合っている。松下電器の松下幸之助さんは昭和20年代に、製品を作る前に人を作ると公言した。希代の経営者の名言のひとつだが、三菱電機の社長も同じことを言っていた。当時の教育基本法も、全てのベースは人間であると書いている。

 敗戦直後の経営者の人事観は教育基本法から説き起こしていたと思う。健全な労働から、とか、製品を作る前に人を作る、は必ずしもヒューマニスティックな言葉ではない。昔に行くほど、技能労働の価値が今より大きく、機械に置き換えられない技能労働は人を育てるしかない。だから採用した人を一人前に育て上げることは、企業にとっても極めてリーズナブルなわけである。

 ところで、経営とは何か。経営を成り立たせるのは雇用関係を結んでいる個別の労働。それを組織するのが経営である。経営は、採用し、個別の労働を組織することであり、個と全体の最適解を作り出すのが経営である。

 協働を組織するということでは、「コミュニケーション」の意味を理解している人は多くない。

 AとBがぶつかるのがコミュニケーションであり、そこから摩擦葛藤が発生するが、そこで解としてのCを生むまで頑張らなければならない。摩擦葛藤を回避しようとするのはAとBが接触しないことで、何も生まれない。本来コミュニケーションすれば(その入り口では)人間関係が壊れるものだ。それが嫌だから「個人商店」しているのが一番良いというのが日本的コミュニケーションである。本当のコミュニケーションとは、一旦摩擦葛藤が起こるが、それを関係者が止揚することにより、成立するのである。

 では、経営側から見てもうれしい働き方とは何か。

「改革」とはレーバーでなくアクション

 働き方改革というのだから、議論している議員の仕事ぶりは、ハンナ・アーレントの指摘するアクションレベルを目指すぐらいでなければ、改革などといえないだろうが、実際の議論はレーバー(labor)のレベル。720時間の長時間労働で、死んでしまっては困るから何とかしなければという話だ。

 いやな状況を思っていたら落ち込むものだが、にもかかわらず元気が出るのは、状況に働きかけて乗り越えていくパターンで、自己組織性を実現するからである。自分が闘わずに願望が達成するだけでは不満が消えるだけで、本当の元気の理由にならない。

 法律はもちろんだが、人間観、どう生きたらよいのかを、政治家はいつも考えていてほしい。人間の生き方として、生物的要求だけで生きたくない。組合は、賃金闘争時代は元気だったが、今は価値観が多様化したなどと言って、さしたる活動をしていない。これを一皮向けば、生理的欲求が危機のときは吠えていたのに、さらにもっと上をめざそうという時になると、「人間としていかに生きるか」の哲学がないから、何もできなくなって、組合が実質的に解体状況(運動がない)に陥っているという仮説が立てられる。

 図式化すると、うなずけなくもない。日本人は封建社会が長く続き、敗戦まで封建社会が続いたようなものだ。明治維新は完全に封建社会を壊したものではない。民主主義になって70年だが、日本人のDNAとして残っているのは、鎌倉幕府以来760年になんなんとする封建思想である。これに対して民主主義は70年。デモクラシーはまさに革命だったが、それが上手く動いていない。

 デモクラシーの思想哲学は、吾思うゆえに吾あり。ニーチェは、自我はイカサマだというが、まず自分がベースだということは正しい。吾思うゆえに吾あり、そこから出発し、やがて権力を否定し、デモクラシーに発展したと思うと、日本人は自分の力で封建社会の殻を破ってデモクラシーを獲得したわけでない。そこを学ばないと、いつまでたっても封建社会とデモクラシーの入り口で右往左往することになる。

 安倍氏の話には勉強の形跡が無い。人の言い分を理解する能力がない。理解出来なくても自分の思うところだけを押し出し、時間をやり過ごせばよいと思っている。

 自民党は、基本的人権を主張する人や、憲法を守ると主張する人を左翼だという。自我から出発したヨーロッパのデモクラシーと、自我を否定する日本人。これが大きなブレーキになっている気がする。

―― この日の話はAI時代の働き方にまで広がったが、この続きはまた別の機会に。ありがとうございました。――