月刊ライフビジョン | 社労士の目から

長時間労働は減少するのか

石山浩一

 昨年の衆議院解散で審議されなかった「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が今年の通常国会で審議されます。その中には長時間労働を規制する法案が含まれていますが、その効果によって過労死はなくなるのでしょうか。

相次いだ過労死に関する報道

 電通の高橋まつりさんが2015年12月のクリスマスの日に会社の寮から投身自殺しました。当時の残業時間は月100時間を超えていました。長時間の過重労働が原因で鬱病を発症したとして、2016年9月に労災が認められています。日本を代表する企業の若い女性の過労死は、社会に大きな波紋を広げました。
 昨年の3月には、新国立競技場の建設現場で働いていた大成建設下請け会社の新入男性社員が、極度の残業による過労によって自殺し労災と認定されました。
 その後、NHKの31歳の女性記者が2013年7月に心不全で亡くなったが、2014年に労災として認定されていたと、昨年10月にNHKが発表しています。ピーク時の時間外労働は150時間を超えていたと言います。
 さらに、ホンダの自動車販売店の48歳の男性店長が2016年12月に自殺したのは、長時間労働などによるうつ病が原因として昨年6月に労災の認定がされました。
 このほかにも、長時間労働による労災事故が多く報道されています。

長時間労働に対する行政の取り組み

 電通の高橋さんの自殺をはじめ、長時間労働の弊害を重く受け止めた厚生労働省は、昨年1月20日に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定しました。その内容は ①労働者の「実労働時間」と「自己申告した時間」に乖離がある場合、使用者は実態調査を行うこと、 ②「使用者の明示または黙示の指示により自己啓発等の学習や研修受講をしていた時間は労働時間」として取り扱わなければならないこと、等を明確化しています。
 同時に、違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対して、都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名を公表するとしました。その結果、昨年5月19日に千葉労働局は、違法な長労働時間を行ったとして千葉市内の会社名を公表しました。その会社は4つの事業場の63人に100時間を超える時間外・休日労働をさせ、最長は約197時間だったとしています。

労働時間に関する労働基準法の改正

 こうした取り組みをさらに強化するため、今回の働き方改革に伴う法律改正には労働基準法が含まれています。その内容は
 ――時間外労働の上限規制として、時間外労働の限度を原則として、月45時間、かつ年360時間とする。
 特例として随時的な特別の事情がある場合に、労使が合意して労使協定を結ぶ場合であっても、上回ることが出来ない時間外労働時間を年720時間とする。
 その上限内でさらに、ア・2カ月ないし6か月で平均80時間以内(休日労働含む) イ・単月で100時間未満(休日労働含む) ウ・月45時間を超える時間外労働は年6回を上限とする。――となっています。ただし、月45時間と年360時間には休日労働は含まれていません。
 基準法による規制のため違反すると罰則が伴うことから、その効果による長時間労働の解消が期待されています。しかし、上限規制が過労死ラインに接近していることに、一抹の不安が感じられます。

基準法上限で結ばれている36協定

 朝日新聞が1部上場企業225社の2016年10月時点での36協定内容を、各地の労働局に情報公開請求により調査を行っています。さらに昨年7月時点で上記の上場企業に36協定内容を尋ねた結果を公表しています。それによると昨年10月時点で、1か月の残業時間が100時間以上の会社が68社と、全体の30%を占めています。その後、政府が残業時間の規制強化を打ち出したこともあってか、昨年7月での各社への調査では、残業時間の上限100時間を下げた会社が10社ありました。しかし過労死ラインとされる80時間を上限とする会社が大部分であり、現状と変わってはいません。

 労働基準法第1条の2項は「この法律で定める基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この法律を理由として労働条件を下げてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」としています。
 労働条件は法律がまもるものではなく、労働組合がまもり基準法以上に高めるものです。上場企業の大部分には労働組合が結成されていますが、その存在価値が問われているのです。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/