月刊ライフビジョン | コミュニケーション研究室

人権問題改善も゛外圧゛頼みではね?

高井 潔司

 大手芸能プロダクション・ジャニーズ事務所の創業者(2019年に死去)の性加害をめぐって、現社長が謝罪の動画と書面を、同社の公式サイトを通して公開した。謝罪といっても、本人に口なしで、「事実を認める、認めないと一言で言いきることは容易でない」と事実関係をあいまいにし、何を謝罪しているのか、わからないお粗末な内容だった。今後、第三者委員会を設置し、真相を究明しますというわけでなく、要するに世間を騒がせていることをお詫びし、これにて幕引きをお願いしますということだ。こんな時こそ大手新聞社には突っ込んだ批判報道が求められるが、記者会見の開催はおろか、そもそも新聞休刊日を見込んだ、休刊日前夜のネット公開で済まされたことに怒りの声もなく、新聞社は夕刊と翌々日の朝刊で扱うという変則な報道で、何とも手ぬるい、内容となった。その後の追跡報道もない。とくに読売新聞は、‟看板“にしているはずの社説で、この問題を取り上げなかった。長い物にまかれ、「外圧」によってしか、物事を変えられない、わが社会の体質がまたここでも露呈してしまった。

 そもそも創業者の性加害問題は20年以上前に週刊文春で報じられ、性加害の事実は名誉棄損を争った高裁判決でも確定していた。しかし、創業者の責任は問われないままに今日を迎えた。著名タレントを多数抱えるジャニーズ事務所に対して、新聞社、テレビ局が及び腰で、週刊誌のスキャンダル報道のレベルで片付けられてしまったのだ。

 それが今回、曲がりなりにも事務所の謝罪表明につながったのは、英BBCが今年3月、この問題でドキュメンタリー番組を制作、さらに日本外国人記者協会で被害者の一人が記者会見に応じたことがきっかけだった。私が「外圧」といったのはこの点を指す。それがきっかけで、スポンサーやファンが真相究明を求める声を挙げたのだ。日本の新聞、テレビは相変わらず何もアクションを起こしていない。

 謝罪動画で、現社長は「決してすまされないが、知らなかった」と述べたそうだが、「知らなかった」ではなく、週刊誌報道で問題の所在は明らかなのだから、「知ろうとしなかった」が真相であり、その責任が問われているのだ。その点では、新聞社、テレビ局も“同罪”であり、謝罪公開も、報道も、共に責任逃れのあいまいな内容となるのは当然かもしれない。

 いや朝日新聞は夕刊の一面で、読売は社会面トップで謝罪動画について扱ったと反論するかもしれないが、それは謝罪動画の垂れ流しであって、その問題点を突く批判の姿勢が感じられなかった。それは新聞社自身の責任を忘れた報道のせいでもある。だからその後の追跡報道にもつながらない。

 読売はこの問題で社説を書かなかったと指摘したが、善意に解釈すると、朝日や毎日のように自社の責任を抜きにして、ジャニーズ事務所や現社長の責任だけを追及する社説は書けないと判断したのかもしれない。だが、それでは性加害という人権問題の解決はますます望めなくなってしまう。

 情けないのは、テレビ東京の社長が記者会見で「所属タレントに罪や問題はない」と、所属タレントの起用を継続すると表明したことだ。タレントに罪はないは誰もが承知していること。問題のある事務所に対してどう対応するのかが問われているのだ。どこの局を見ても、同じようなグルメとお笑いタレントのたわいないおしゃべり番組を垂れ流しているだけの日本のテレビ局に、責任問題など問う方が間違っているのかもしれない。

 朝日新聞は本紙ではなく、デジタル版で、この問題に関する何人かの評論家のコメントとそれに対するコメントプラスがアップされている。そこでは、私のメディア批評よりももっと辛辣なコメントが出ている。朝日新聞に対する批判もある。それを他人事のように掲載している姿勢が私には理解できない。掲載するなら、その批判に答えて追跡報道を展開してもいいはずだ。

 コメントプラスの時事YouTuberのたかまつななさんの「提案」には、2012年BBCの人気司会者の性加害問題が取り上げられていた。この事件ではBBC自身がが徹底調査し200ページにわたる調査結果を公表したとし、その概要を紹介している。その上で、たかまつさんは「日本のメディアも。ジャニーズが悪いと糾弾するだけでなく、なぜ報じられなかったのか、第三者に依頼して、それを公開するぐらいの気概をみせてほしい」と提案している。

 LGBTQの理解増進法案もいまだに国会で採択されていない。サミット前には、これでは先進国サミットの議長国としてふさわしくないと、“外圧”頼みで世論を高めようとしたが、一向に改善につながらず、議論は立ち消え寸前だ。やはり内部から変革を求める声が高まらないことには、何事も達成できない。内部変革ためにマスコミが果たすべき役割は大きい。


高井潔司  メディアウォッチャー   

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。