月刊ライフビジョン | 地域を生きる

「ポラーノの広場」を地域に

薗田碩哉

 私の主宰する「さんさんくらぶ」というグループは、毎年秋に多摩ニュータウンにある小ホールで小さな音楽会を開いてきた。名付けて「さんさん音楽フェス」、今年で16回目を迎えた。最近はくらぶのメンバーやそのお友達グループのいくつかがそれぞれの音楽を自分勝手に披露する「持ち寄り音楽会」形式でやってきたが、今年はもう少し手間をかけて脚本を作り「音楽劇:ポラーノの広場」に挑戦した。

 ご存じの方も多いと思うが「ポラーノの広場」は宮沢賢治の童話の1つである。シロツメクサのランプをたどって野原を行くと、森の奥に「ポラーノの広場」があり、そこで人々はみんな楽しく交歓しているという。主人公の博物局員レオーノ・キューストは友達と広場を探しに行く。森の奥では確かに賑やかなパーティが開かれていたが、それは議員の山猫博士が主催する選挙目当ての供応の会だった。レオーノたちは山猫博士と大喧嘩、会合はめちゃくちゃになってしまう…。

 それからいろいろ展開があって、やがて町に毒蛾の大群が現れる。人々は外へ出ることができず分断され、生活は暗く沈んでしまう―この辺りはコロナのパンデミックにそっくりの雰囲気で、宮沢賢治はそれを予見していた?

 そういえば大正時代にもスペイン風邪の大流行があったのだ。毒蛾がようやく街を去っていった後、ばらばらになってしまった人々はつながりの回復を求め、本物のポラーノ広場が実現する…。

 2年半も続いていまだ収まらないコロナ禍は、地域にも暗い影を落としてきた。互いの交流や集会は激減し、みんなマスクで半分顔を隠してよそよそしくふるまっている―そんな状況からの脱出を目指すには、みんなで集まることのできる広場を取り戻すに如くはない―そこで「さんさん版ポラーノの広場」でも、主人公たちは広場探しの旅に出る。

 筋書きの朗読と登場人物のやりとりのセリフがあり、その間を各グループの演奏がつないでいく。山猫博士との対決も音楽劇らしく音出し合戦で行うという趣向。そして終局では、われわれみんなが集まっているこの場所、この文化ホールこそが紛れもないポラーノの広場なんだということを確認して「宇宙の唄」の大合唱・大合奏で終わる―とまあ、こんなたわいもない展開だが、会場に来てくれた人もオンラインで観てくれた人もみな「楽しかった」と言ってくれた。

 もっとも一番楽しんでいるのは当の演技者・演奏者たちである。本番が近づいてくると各グループそれぞれに練習が始まる。大会に出て優勝を目指すというような無理な目標があるわけではないので、練習自体がレクリエーションである。今回は音楽劇だから、みんなで集まって脚本を読み合い、演技についても、ああじゃないこうじゃないとお互いに批評し合いながら和気あいあいと進めた。筆者にしても相棒の家内と琴とキーボードの合奏練習を毎日続けたが、これは間違いなくボケ防止、介護予防のエクササイズだった。

 音楽劇の脚本を書いた奥山樹生(イツキ)君は、美大の演劇科の4年生だが、もとはこのクラブの母体であった「さんさん幼児園」の卒園生である。その昔、迎えのバスに乗るのが嫌で逃げ回っていたちびっこは、立派な若者になって演劇活動に余念がない。はるかに年上ばかりで下手くそなのに文句は一人前の出演者と上手に付き合って、何とか劇をまとめてくれた。ナレーターは元保育者で今は幼稚園児の母親のちひろさん、演奏グループには園児の父母だったメンバーが当時から見ればだいぶんお年を召して参加している。

 幼児園の運営者だった筆者夫婦は「やぎさんゆうびん」のヤギになって手紙を食べてしまいそうになる役。観に来てくれる観客も幼児園とかかわりのある人が多い。園の同窓会みたいな集まりなのだが、もう16回も続いているのだから、それなりの存在価値があるのだと自負している。

 我が住む多摩ニュータウンで見る限り、地域の文化活動はなかなか盛んだと思われる。市の広報をみると、音楽や美術や文芸のサークルや社会問題の学習会などの募集が並んでいる。活動を覗いてみると、多くはリタイアした高年者のグループで、中年のご婦人が混じる程度、若い人はほとんど見かけない。

 他方、子どもたちに目をやるとピアノからバレー、絵画、造形など、いろいろなジャンルの教室がある。それらはみな、わが子の才能を伸ばしたいと考える親たちがプロの先生に月謝を払ってわが子を預けているのだから、あんまり自由な雰囲気ではない。子どもたちの中にはいやいややらされている子も少なくないだろう。

 世代を超えて、文字通り老いも若きも、多種多様な人たちが勝手に集まって、楽しみながら進めていく文化活動はまだ決して多いとは言えない。そうした「広場」的な活動が地域にはもっとあっていいはずだし、それこそが地域生活の土台だと思う。そんなグループをたくさん作り、グループ同士の交流も図れたらすばらしい。疎遠と分断が進む地域社会に人間的なぬくもりを加えるために「ポラーノの広場」を守り育てていきたい。

 さんさん版「ポラーノの広場」は下記URLからご覧になれます。

[地域に生きる 2022年11月] https://youtu.be/c8fALGY4aJQ?t=1527