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世界の分断、軍拡に走る愚

奧井禮喜

 紳士淑女のかっこうしていても人をぶん殴る輩はいる。平然と大嘘をつく輩もいる。正義を掲げてまさかの侵略戦争をする輩もいる。世界の現実である。これではまったく不愉快千万、そういうものだと納得できるものではない。

 プーチンけしからんという気風に乗って、バイデン氏が右往左往(いや大車輪の活動という見方もあろうが)である。プーチンが始めた蛮行を許さないのは当然だが、きちんと平和の構想を抱懐して行動しなければ、右往左往になる。

 しかも、それに便乗して、プーチンと同じ思想、同じ方法がはびこるのであれば、世界秩序の回復を願うのは夢のまた夢になる。こと志とは違った方向に舵取りされたのでは、ウクライナ戦争の停止どころか、ますます世界を混乱に引っ張る。この間、非常に気がかりなことをいくつか述べたい。

ウクライナ戦争を止めさせろ

 ウクライナ戦争勃発3か月が過ぎ、戦争は膠着状態。仕掛けた側は引っ込みがつかず、仕掛けられた側も音を上げるわけにはいかない。失った犠牲を取り戻すことは無理な相談、しかも戦争を続ければ続けるほど泥沼だ。

 事態は客観的には、介入して和平プロセスへ向かわせるべきだが、世界の紳士淑女方におかれては、収拾へ働きかける動きがまったく見当たらない。ニュートンの運動の第一法則、静止または一様な直線運動をする物体は、力が作用しないかぎり、その状態を持続する。戦争を日常(意識)化してはいけない。

 戦争を始めるのは簡単だが、止めるのは難しい――などと、論評している場合ではない。マクロン氏が脳死状態だと痛烈批判したNATOが結束した。フィンランド・スウェーデンが宗旨替えして新規加入をめざす。一時期、NATO官僚が失業の心配をした事態とは逆に大繁盛の勢いだが、このままでは、現実の問題を解決できない。集団安全保障なる美名が輝いても、問題解決するべき事態を収拾できないのであれば、安全保障とは名ばかりで、殴られたら殴り返すだけの戦争拡大の仕組みに過ぎない。

アメリカのアジア回帰?

 バイデン氏が右往左往だと憎まれ口を叩く理由は、これに通ずる。アジアにはNATO的な仕組みがないから、そのアジア版を目論んでいるとの懸念を拭い去れない。しかも、わずか3か月でウクライナ戦争への関心が低下したか、こんどはアメリカが最大の地政学的課題とする中国包囲網構築に躍起である。ウクライナ問題を解決するには、中国の協力が必要だ。ところが、やっていることは中国との緊張を高めることばかりである。これでは、ウクライナの人々は浮かぶ瀬がない。首脳会議は踊る。本気が見えないのは遺憾だ。

 邦字紙は、アメリカがアジアへ回帰したと歓迎する。なにを考えているのか、能天気ぶりには言葉がない。ロシアのウクライナ侵略の引き金を引いたのは、アメリカのNATO政策である。ソ連が崩壊したと浮かれて、対ロシア関係を疎かにした。NATOの東方拡大を強引に進めて、そのコマにされたのがウクライナである。少し冷静に考えれば、アメリカが世界秩序を守ってきたというよりも、世界のトラブルメーカーである。ベトナム、イラク、アフガニスタンでやってきたことを忘れるわけにはいかない。

 自分にへいこらしない国との間にバリヤーを築く。かりに、アメリカにはまったく悪気がないとしよう。しかし、国連決議の結果を見ても、ざっと半分の国々がアメリカ的思考と事実経過について懐疑を呈している。悪気がないのであれば、なぜそのように見られるのか、顧みる程度のセンスが必要だ。自分がおこなってきたことはすべて正しいとして、一切顧みないのであれば、アメリカに世界平和を語る資格はない。

アメリカは本当に民主主義か!

 普遍的価値を掲げるが、アメリカは民主主義の理解がおかしい。民主主義は、基本的人権が根幹である。基本的人権は1人自国内だけのものではない。基本的人権は国境を超えた概念である。つまり、基本的人権を忘れなければ、国家が戦争を発動することが間違いであることくらい直ぐにわかる。基本的人権を尊重するならば、戦争は不可だから、すなわち民主主義は平和主義そのものである。

 一部に、バイデン外交は民主主義国を結束させることに成功しつつあるという分析がある。では、その通りだとしよう。ところで、一転してアメリカ国内を見ると、人種差別・反ユダヤ主義・反移民主義が熱烈まん延しており、無差別殺害事件が相次いでいる。ニューヨーク州バッファローの食料品店で、300kmの遠隔地から来た白人が銃を乱射して10人殺害した。その衝撃が消えぬ間に、テキサスの小学校で乱射事件が発生、21人が殺された。

 これらの背景に、トランプ氏を信仰する共和党が差別を煽っているのは周知の事実である。差別は、感情であるから、理性による言葉では説得できない。にもかかわらず、言葉を使って、共和党の議員連中が差別感を煽っている。もはや政治家の体をなさない。

 しかも半端でないのは、秋の中間選挙で共和党の勝利が語られているし、バイデン氏が選ばれた大統領選挙をいまだ不正だと指弾する声が絶えず、このままいくと、次の大統領選挙でトランプ氏が再び登場する可能性が高い。なにしろ、バイデン氏の人気は地を這う事情にある。

 バイデン氏の民主党は、民主主義の党のはずである。白人主義者や差別主義者は少数派のはずであったが、いまや共和党を乗っ取っている。このような事情について真剣真摯に顧慮すれば、「なにか間違えているのではないか」という反省が顔を出しても不思議ではない。

分断・分割策を止めよ

 バイデン氏のアメリカが外交で展開しているのは、世界の分断・分割であって、しかも、軍事力を軸とした戦略を派手に打ち出すばかりで、平和の象徴たる世界貿易の興隆にはきわめて関心が薄い。というよりも、貿易自体を分断・分割の道具として駆使している。これが大きな間違いだ。

 中国包囲網にしても、矛盾だらけである。アメリカと中国が貿易において相互補完関係にあるのは、いまでも否定できない。ところが、アメリカが提案する仕組みについては、アメリカに着くのか、中国に着くのかという二者択一を迫る。身勝手としか表現しようがない。

 IPEF(インド太平洋経済枠組み)をみれば、一見貿易の仕組みであるが、中身は依然としてわからない。わからないものを評価するなど愚の骨頂だ。

 邦字紙は、アメリカがアジアへ回帰してきたと歓迎するが、本当にそうならば、TPPをこそ尊重して参加すればよい。中国も手を挙げている。米中参加が実現すれば、それこそ平和貿易への前進、世界平和への前進である。国内事情でTPPを排除して、IPEFを打ち出す。国内事情を優先するのであれば、もっと、アメリカ的民主主義の不寛容さを痛切に反省するべきである。

 邦字紙は、アジアにはNATOがないから、脆弱な連携だと書く。脆弱、おおいに上等である。クアッドやIPEFが軍事機構のNATOのような内容になってしまったら、貿易を装った集団防衛機構というわけで、新たな緊張を高めるばかりである。バイデンのアメリカも相変わらずのトラブルメーカーぶりだ。

 台湾問題で、中国が台湾に侵攻した場合、軍事的に関与するかと記者に質問されたバイデン氏は、「Yes」と回答した。慌てて、オースティン国防長官が火消しに走った。自民党には、歓迎すべき失言だとお調子に乗る輩がいるが、情けなくないのか。虎の威を借るキツネそのままに、アメリカに守っていただけるとのたまうわけだ。自民党の平和ボケも極まった。

 台湾は冷静である。だから有難迷惑である。台湾にとって中国経済は不可欠である。台湾を守るコミットメントだと言われて喜ぶわけがない。台湾問題を米中交渉に据えることは、百害あって一利なしである。対立を緩和するために工夫するのならわかるが、わざわざ挑発して緊張を高めようとする。いったい、アメリカ的秩序とはなにか。秩序だと思っているのは絵空事で、アメリカ自身が秩序を破壊して回っている。アメリカがトラブルメーカーたる所以である。

 アメリカは、経済力・軍事力で中国の追い上げを食らっているだけではない。実は、自分自身がわざわざ正しい力の使い方を誤っている。アメリカが世界においてその地位を落としてきたのは、そもそもの原理原則、ものの考え方が混乱しているというしかない。それを覇権主義というのである。

日本政界のトンチンカン

 日本政界の右往左往もお話にならない。ウクライナ騒動に便乗して、軍拡論議へと流れるのは稚拙・拙速、まさに自ら100年の計を破壊するのと等しい。安全保障問題を論議するなら、まず、安全保障の環境を整えるのが筋道である。それを顧慮せず、軍拡に走っても、安全保障の前進にはつながらない。

 まず、わが国が近隣諸国と昵懇になるべきである。日米同盟という幻想に頭から漬かっているから、見るべきものがまったく見えない。貿易を考えても、日本と中国・韓国の関係は一蓮托生である。わが外交は、かつてのイエローヤンキー時代からまるで進化がない。辺野古問題になんら手がつかない。要するに沖縄が本当に返還されていないのではなく、日本自体が占領軍時代の非独立状態にはまっているからだ。誇り高い保守人士の誇りとはなんぞや。

 防衛費をGDPの2%にするという。どちらのお大尽の発想か。公的債務がGDPの250%を超える。人々の暮らしをさらに劣化させて玩具を買うのは止めねばならない。日本の産業は非常な不振である。かつて富国強兵を唱えて、実は貧国強兵に走ったことを、よもや忘れたわけではあるまい。

 軍備財源は国債でと、安倍氏が語る。こんな御仁が首相をやり、まだ自民党で幅を利かせる。自民党の人材枯渇を物語って余りある。

 野党に言いたい。――ウクライナ侵攻を踏まえた日米の連携強化、新たな防衛技術への対応、防衛費の着実な確保、また邦人保護や国民保護に取り組みます。――という程度のことは、野党の見識というほどのものではない。自民党政策のコピーに過ぎないではないか。

 安全保障環境をいかに改善していくか。これをどっしり押さえて、大きな構想を提起してもらいたい。軍事力拡大は、戦争の道具ではあっても、平和創造の方法ではない。惰眠を貪るのは止めねばならない。日米同盟ボケから目を覚まさねばならない。独立国という意味を本気で考えてもらいたい。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人