月刊ライフビジョン | off Duty

「高齢者が主人公」の世界が始まった

曽野緋暮子

 ロシアのウクライナ侵攻が停まらない。コロナ感染者が減らない。知床半島で観光旅客船沈没とマスコミ報道が連日続いている。あまり報道されないが、先月の東北地震の復旧も遅々として進まないらしい。私に何かできることはないだろうか? 考えても考えても、募金と皆さんの無事を祈ることしかできない。加えて自身の日常で、高齢者ならではの些細な戸惑いが増えてきている。

 パスポートの有効期限が近づいている。コロナ収束が難しい中での旅行は無理かと思いつつ、もし海外に行く機会ができた時にあきらめるのも悔しいので、10年パスポートを更新することにした。10年前と異なり、市役所の窓口で更新できるようになっていることも背中を押した。使わないかもしれないパスポートに16,000円の手数料はもったいない気もするが、「海外に行けるかも」って夢を見るための支出だから良いかぁ。今はスマホアプリに証明写真アプリがあるので、それを使えば写真代が要らないと友人が教えてくれた。上手く撮る自信がないのでカメラ店で撮影した。

 市役所の窓口で写真と申請書を提出した。不備はないと確認後、しばらく待たされた。担当者が戻って来て「どのボールペンを使いましたか?」申請書の氏名の一字がちょっと薄くなっているので申請書をもう一度書き直してください。「薄い所をなぞるのはダメです。」とダメ押しもきっぱり。「めっちゃ、お役所仕事!」って心の中で叫びながら書き直した。

 2週間後、パスポートを受け取りに市役所に行き順番を待っていると、隣の窓口から大きな声が聞こえて来た。かなりの高齢女性に付き添ってきた女性の声だ。高齢女性が免許証を返納して車を手放すことになったので、印鑑証明を取りに来たという。女性はマイナンバーカードを取得しているが、どこにしまったのかわからない。これから車の引き取りがあるので印鑑証明がすぐほしい。保険証は写真が付いていないので証明にならない。返納した免許証は効力がない。免許証返納時に運転経歴証明書を取得していればよかったのだが、お金がかかるので申請しなかったらしい。

 当事者である高齢女性はただ黙って立っているだけ。付き添いの女性は「どうすれば、良いの?」と嘆いている。順番が来てパスポートを受け取り帰宅したので最終的にどうなったかわからないが、国は高齢者の免許返納を進めているのだから運転経歴証明書の発行手数料1100円を無料にしても良いと思う。高齢者がマイナンバーカードを大切にしまい込んでどこにあるかわからなくなったと言うのはたまに聞く話なのだから。

 社会福祉協議会と某企業とのコラボで月に2回、私の地区にも移動販売車が来ることになったとチラシがあった。ちょうどテレビで見ていたこともあり、チラシ掲載の日時にその場所に行った。

 ところがバスが見えない、人の姿もない。もう一度チラシをよく見ると「急な変更があることがあります。その際は社会福祉協議会のホームページを見てください。」と書いてあり、その横にQRコードが載っていた。電話番号は載っていない。道路上でスマホを取り出してQRコードを確認するほどでもないので、帰宅してQRコードを読み取りホームページを開くと確かに、場所変更のお知らせがあった。平日の移動販売車ってもともと高齢者対応のものだと思うのに、緊急連絡先がQRコードって納得いかない。知り合いの市の福祉関係者を通じて今後のチラシに電話番号掲載をお願いしておいた。

 満期が来た定期預金の残高を生活費として普通口座に移すことにした。自口座上での変更なのに「何に使われるんですか?」と窓口の人に聞かれた。現金を引き出した訳でもなく、他人の口座に振り込んだ訳でもないのに「ほっといてくれ!」と言いたかったが、高齢者が大金を動かした時の常套句だと理解して「通帳を見てくださいよ。収入がないので生活費に使うんですよ。」とにこやかに答えた。

 私はいま、世の中の流れと大きくかけ離れた些事の日常に孤立している。思えば丸くなったものだ。