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市民にとって市政とは何なのか― 市長選の総括

薗田 碩哉

 6人の候補者が乱立したわが町田市の市長選挙が2月20日に行われ、まさかと思った現職・石坂氏の5選で幕を閉じた。市長を支持し続けてきた保守派が割れ、自民党は前都議の吉原氏を推し、市長に付いた政党は公明党のみだった。野党候補の一本化が実現すれば市政奪還のまたとないチャンスだったのだが、前号で書いたように、毎回おなじみと言うべき候補者選びの紛糾の末、立憲民主・共産・社民・れいわ等が推薦する清原氏と維新が推す奥沢氏が並立することになってしまった。こうなると、現職の強みというか惰性というか、石坂氏が保革3人の主要候補を押しのけて頭一つの勝利を収めた。 

 石坂の得票5万3千票、以下、吉原3万6千、奥沢3万1千、清原2万3千という結果である。得票数だけを見ると、もし、野党候補の奥沢・清原が一本化出来ていたら、合計5万4千票になって石坂をわずかながら超えることができたことになる。返す返すも残念なことであった。人口43万人の中都市で市長5選というのは多分あんまり例がないはずで、何とも保守的な、現状維持派の市民ばかりの町ということになってしまった。

 それにしても衝撃的だったのは42.5%という投票率の低さである。それも前回に比べてほとんど同じ。前回、保守派は市長一本でまとまったのに、革新が割れ、争点も今一つはっきりせず、低調な選挙だった。今回は、泡沫候補を含めて6人の候補者が乱立し、争点も教育問題や環境問題など、それなりにはっきりしていたので、せめて50%ぐらいには届くかと思っていた。それがこの体たらくである。街の政治に関心のあるのはいつでも4割、多数派の6割は、地域のことはわれ関せず、選挙などというものを冷笑しているのか、よっぽど忙しく、生活に追われていて選挙に出かけるゆとりもないのか。市民と言えるのは4割で、多数派は「死民」ばかりと言いたくなる。

 市長は勝ったとは言うものの、得票率は36%、3分の一の支持に過ぎない。これに投票率の42%を掛け合わせれば、有権者のうちで市長の名前を書いたのはわずか15%である。市長はこのことを謙虚に受け止めて、市民の声に耳を傾ける市政を進めるのか、それとも公言していた「やり残したこと」を遮二無二進める強権市政を押し通すのか。市民派としては市長の出方を注視して新たな作戦を立てる必要がある。

 私たちはこれまでの市政の「教育・文化の貧困化」政策を争点にすべく、さまざまなキャンペーンを展開してきた。何しろ、市長がやってきたことは、博物館を廃止し、図書館を減らした上で民営化し、美術館は観光施設化し、生涯学習センターも民間に投げ、さらに小中学校の3分の1を廃止・統合するという、すさまじいばかりの「公共」削減策なのである。筆者が一番深く関わってきたのは図書館問題だが、これは残念ながら、広範な市民の反響を得るというところまでは行っていない。本を愛する人はやっぱり少数派だというのが現実である。しかし、学校減らしへの反対意見は、もっと盛り上がっていいはずで、子どもを持つ親たちばかりでなく、コミュニティ活動の拠点として、また、災害時の避難場所としても、学校がきめ細かく存在することの意義を理解してくれる人は多いと考えていた。

 実際、いじめや暴力などの問題は、大規模校ほど目に触れにくく、隠蔽されがちであるのに対して、小規模校の少人数クラスなら、教師と子どもたちのふれあいが密になり、教育効果も上がり、いじめ問題も解決しやすくなるというのは周知の事実である。それを意識して、学校統合への批判や見直しは、市長以外の候補は保守派を含めてみなそれなりに打ち出していたのだから、ここを衝けば支持は広がると市民派は考えていた。

 もう一つ、市長は地域振興策の1つとして多摩モノレールの延伸を打ち出していた。モノレールは市の北部に残された貴重な緑の里山を切り開いて建設される。これに対しても当然、環境保全の立場や巨額の経費に見合う効果の視点からの反対意見が出されていた。市民は結局のところ「学校はデカい方がいい」(その方が競争が激しくなって揉まれるから成績が上がる、と考える親もいるという)、「モノレールを伸ばして便利になるのがいい」という方策を支持したことになる。町の文化? それって何? 文化で飯が喰えるの? という声なき声が聞こえてきそうだ。

 市民派候補の応援のため、久しぶりに筆者も街頭へ出てビラ配りをし、おねがいしま~すと声を上げ、清原候補と並んで応援演説もした。しかし、道行く人の反応は鈍かった。ビラを受け取ってくれる人は10人に1人もいない。みんなそっぽを向くか逃げるか、中にはあからさまに拒否する人もいる。2月半ばの夜の寒風は、いささか老体にはこたえたが、道行く人に無視され続ける心の冷えは、それ以上に厳しく、切ないものだった。

 市民にとって市政とは何だろうか。そんなことは別世界の話と思っている多数派に、市の政策や「公共」への関心を持ってもらう手はないのだろうか。選挙の季節ばかりでなく、日常的に「町の話題」を取り上げて、子どもから高齢者まで、多彩な市民が楽しく、面白く語り合えるような場所を作りたい。コロナがもたらした人と人の疎遠を回復しようとする試みがこれから広がって行くはずだが、その流れの中で、地域の居場所=いわゆる「サードプレイス」を地道に増やしていくことが課題だと思う。4年後の市民派勝利の日まで、ともかく元気に生きて行くことが先決だ。

【地域のスナップ】 シイの古木

 晴れた日に散歩に出る。地域の公園に見事な巨木が生えている。椎の木の仲間で「スダジイ」という。樹齢推定500~600年、高さ25㍍、目通り(人の目の高さでの幹の太さ)5.9㍍、都内でも有数の木だという。幹の絡み合いは、恐ろしいまでの力を感じる。多摩ニュータウンのできる遥か昔から、この地を守って立っている。ここには確かに「神」が宿っていると感じられた。


薗田碩哉(そのだ せきや) 1943年、みなと横浜生まれ。日本レクリエーション協会で30年活動した後、女子短大で16年、余暇と遊びを教えていた。東京都町田市の里山で自然型幼児園を30年経営、現在は地域のNPOで遊びのまちづくりを推進中。NPOさんさんくらぶ理事長。