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行き場を失う外国籍労働者 ―労働相談から見えてきた実像―

UAゼンセン活動支援局長小川秀人

 労働組合の全国組織・UAゼンセン(組織人員185万人)は日本国内外で働く外国籍労働者支援活動を進めている。活動支援局を新設し、ベトナム、ミャンマー、中国語を扱う専門の書記局員を置き、それぞれの言語に対応したface bookで相談を受けて必要な支援を届けるなどして、2020年9月から2021年9月までの一年間で前出3カ国を中心とする相談は300件余に上っている。UAゼンセン活動支援局長 小川秀人氏にご寄稿いただいた。


UAゼンセン活動支援局長  小川秀人:筆  

 衝撃的なスタート 

 『社長からの度重なる暴言、暴力に耐えかねて失踪しました。監理団体(ⅰ)に相談しようにも機会がありませんし言葉も通じません。借金があるので帰国はできませんが在留期限が迫っています。これから日本で生きていくために何をすればいいですか?』。2020年9月より開始した外国籍組合員、労働者向けの労働相談窓口に入った最初の一件目が、この技能実習生からの待ったなしの相談でした。監理団体を調べて電話で面会を申し入れましたが「失踪したヤツは知らない、どうせ難民申請するんだろう!」といった調子。本人との面談を繰り返していくうちに、業務中に負った怪我を社長が隠蔽し口止めしていたことも明るみになりました。その後、一緒に外国人技能実習機構(以下OTIT)や外国人在留支援センター(以下FRESC)にも足を運びながら2ヶ月間にわたって追いかけた結果、本人が最後まで諦めなかったこともあって解決に至り、今は新しい職場で技能実習生として働いています。

 これだけ酷い目に合っても日本で働き続けようとする理由は、法外な手数料を本国の送り出し機関に支払うために抱えた多額の借金。「日本に行けば稼げるよ」と甘言に乗せられ来日してはじめて「騙された」ことに気付き、そのうち劣悪な労働環境と低賃金に耐えられず失踪するケースが後を絶たない。まさに現代の半奴隷制度です。報道等で技能実習生のことがクローズアップされ、社会問題化していることも何となく理解はしていたものの、実際に目の当たりにすると「闇は深い、これまでの経験則は役に立たない」が当初の実感でした。直近までの相談概要は後述のとおりですが内容は種々雑多。そこから浮かび上がってくるのは、想像以上に人権を軽んじられながら「毎日を生きるのに精いっぱい」の外国籍労働者の姿です。

 (ⅰ)監理団体:技能実習生の入国時に実習生に対して行う講習や、受け入れ先企業への訪問指導・監査などを行うことで、技能実習生や受け入れ先企業のサポートを行うことを主務大臣から許可された非営利法人。

 相談窓口の開設

 UAゼンセンでは、多様化する加盟組合の活動支援を目的として外国籍の書記局員を正規採用。ミャンマー、ベトナム、中国の組合員や労働者からの労働相談窓口を開設し、2020年9月16日より受付を開始しました。方法はUAゼンセンホームぺージおよびfacebook(以下FB)に専用アドレスを公開。まずはホームぺージのみでスタートしましたが音沙汰なく、10月に入りFBで告知した直後から相談が入り始めました。担当者によると、ミャンマー人、ベトナム人で自宅にパソコンを設置しインターネット契約をしているような経済的に余裕のある在留者は少数とのこと。特にY世代後半からZ世代と称される層は、スマホやiPhoneを日常的にコミュニケーションツールとして利用していることがうかがい知れますが、SIMカードが入っていないケースも多く、通信料金が高いといわれる日本での“生活し辛さ”も垣間見えます。また、FBのアイデアはすべてミャンマー人とベトナム人スタッフによるものですが、このことは重要なことを示唆しており、今後デジタルネイティブ世代が社会の中心を担っていく過程にあっては、上の世代は常に己を最新の状態にアップデートしておかなければ世間から取り残されてしまう、と筆者自身が危機感を覚えた次第です。

 相談の要約 

◆2021年12月15日時点の相談件数は378件。国別・在留資格別は以下のとおりです。

☞ 組合員からの相談は1件、加盟組合の非組合員から2件。他はすべて外部。

☞ ホームぺージからの相談は2件、他はすべてFB。

☞ コロナに直接起因する相談は21件。

☞ 相談者が働いている場所は北海道から沖縄まで満遍なく点在しており、関係省庁が把握している在留者の構成比とほぼ一致する。

☞ 相談者の年齢は20代が全体の76%、30代を合わせると97%。

☞ ベトナムの特徴:寺院、教会、NPOなどの支援団体、または料理店などを経営する個人の支援者が多数存在している事と在留者同士のコミュニティが発達しているため相談が各方面に分散している。相談者の言質からも複数ヵ所に相談していることが分かる。

☞ ミャンマーの特徴:在留者約36,000人に比して相談件数が多い。理由は、まだ日本に支援団体等の駆け込み寺的な相談先が少ない事と担当者の情報発信力によるところが大きく、アカウントに表示される「友達」は4,900人を超えている。なお、ミャンマー国軍のクーデーターに起因する相談は現時点でゼロ。

☞ 中国の特徴(相談が少ない理由):①FBの利用者が少ない、②労働者から見ると中国の労働組合は体制側の組織であり日本の労組も同列に見られている、③個人情報を監視されているのではないかという恐怖感、などが考えられる。

殺生与奪

 扱いの酷さは技能実習生に限ったことではありません。在留資格のひとつである技術・人文知識・国際業務(以下、技人国)は、本人の学歴等が要件を満たし雇用契約書(労働条件通知書)や内定通知書があれば発給されますが、これを悪用したケースも散見されます。“技能実習生問題”に隠れがちですが、むしろこちらに悪質性を感じます。

 本国で雇用契約を結んで来日したものの就業開始から数日後に「労働条件を変更するので新たな契約書にサインしなさい」と迫られ、明らかな不利益変更なので拒否すると「今すぐ寮を出て行け」と脅された挙句、相談を受けた時には「解雇されて寮を追い出されました。助けてください!」という、これも待ったなしの状態でした。すぐにスタッフを派遣し相談者と面談。当該地域におけるUAゼンセン運動の全権を持つ支部長から、地元で外国籍労働者を専門的に組織化する友誼組織につなぎ(不当解雇と未払い賃金について団体交渉の申し入れがなされた)、そこからボランティアの支援者を紹介してもらい当面の衣食住を確保しました。

 この件と冒頭のケースから分かったことは、技能実習生は監理団体が、技人国は企業(団体)が生殺与奪権を握っており、いつ糧を失うかもわからない薄氷を踏むような生活を余儀なくされていること。それでも、技能実習生にはOTITという“最後の砦”がありますが、その他の就労資格者は弱い立場にある孤独な未組織労働者そのものです。

 些細なことから“大事”に発展

 一方で、些細なことがきっかけで安易に離職したり失踪してしまった後に「難民申請の方法を教えてほしい」といった相談もあります。FB上では「退職する前に、失踪する前に相談してください」とそれぞれの原語で呼び掛けてはいるのですが・・・。

 技能実習生で2号から3号に移行する際、日給が9,500円から11,000円にアップした後で更に社長に賃上げを要求したら拒否されてしまった、との経緯から、お互いが感情的になってしまったケース。最初の相談が「退職して知人の家に身を寄せていますが転職できますか?」でした。この行動を監理団体が知らなかったとすれば、その時点で失踪していたことになります。OTITが即座に対処して結果的に相談者は元の実習先に戻りましたが、その過程で看過できないことがありました。それは、「技能実習期間満了前の帰国についての申告書」に「実習意欲が喪失したため帰国することを了承した」と記載されており、相談者が内容をよく理解できない状態で監理団体がサインを強要したこと。また、相談者が切羽詰まって「サインをしたら転職できますか?」と確認したら、監理団体が「できます」と答えていることです。技能実習生を保護すべき立場にありながら、一刻も早く帰国させて手離してしまいたい、言葉の壁を利用して(悪用して)面倒な者を目の前から消し去りたい、という監理団体の態度が浮かび上がってきます。※監理団体の大半が、技能実習生に対して人道的に接しておられることを申し添えておきます。

 改めて官民協力の必然を求む

 窮している労働者に手を差し伸べることは労働組合としての本能です。UAゼンセンのみならず、連合本部や地方連合会をはじめ、この問題に取り組んでいる労働団体はあまた存在します。また前述のとおり、様々な民間支援団体や学識者の方々が外国籍労働者の問題に取り組んでおられることも周知の事実です。加えて、関係省庁においても多言語による相談窓口の拡充や、周章狼狽することなくワンストップで相談が可能なFRESCが開設されるなど、創意工夫がなされています。これをいかに分かりやすく周知していくかの課題はありますが、そこは労働組合の役割でもあり官民が協力して取り組まなければなりません。

UAゼンセン組織内議員・川合孝典の発言――政治の出番 

 しかしながら、これだけの体制が整いつつあるにもかかわらず事態が好転しないのは何故でしょうか。問題の本質はどこにあるのでしょうか。巷間言われているのは、入管法や技能実習制度そのものの不備、法外な手数料を搾取する母国の送り出し機関とその蜜に群がる輩たち(ここに貧困ビジネスが成立している)、暗躍するブローカー等々、個別に現象面だけを捉えればそれぞれに問題があることは否めません。過日、国政の場においてUAゼンセン組織内議員の川合孝典が、これらの問題を取り上げ、とりわけ送り出し機関と監理団体の実態、技能実習生が多額の借金を抱えて来日している事実と背景、行政窓口の多言語対応の不足感などについて所管大臣に質したところ、時を待たずして「OTIT技能実習SOS・緊急相談専用窓口」の開設につながりました。またOTITの発表によると、特に失踪が多かったベトナムの大手送り出し機関からの実習生の新規受け入れを当面停止するとのこと。これが借金問題やブローカー問題の解消につながることを願いますが、如何せんその先の規制はベトナム政府に委ねられています。[写真は参議院法務委員会で質問に立つ川合孝典]

 前出の技能実習生たちは、ほぼ同時に本国の送り出し機関にも相談しています。そこで告げられるのは「あなたは借金があるので我慢してそこで働くか、嫌なら帰国するかしかない」。絶望した彼らが取る次の行動は!?これが行き場を失う外国籍労働者の実像です。

外国籍労働者は手段ではない

 では、「技能実習SOS・緊急相談専用窓口」なるものを設置する必要に迫られるのは何故でしょうか。言い換えれば、日本は(政府・経営者・監理団体・その他すべての関係者は)在留外国人との「共生」をどう図るのか。中心に据えるグランドデザインをどう描くのか、底流を成す哲学を明確にすべき時機にあると思料します。

 現状、技能実習制度は、運用面に限れば民間に丸投げ状態です。監理団体と受け入れ先企業の住所が同じというケースがありますが、これで監理団体の役割を果たせるでしょうか。事後のお世話を善意のボランティアに委ね続けるのでしょうか。

【汝の人格やほかのあらゆる人の人格の内にある人間性を、いつも目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱わないように行為せよ】。

 カントの名言ですが、外国籍労働者の人格をモノ扱いすることなく、尊厳を持ったかけがえのない人として尊重するならば、少なくとも技能実習生に転職の自由や家族帯同を認めない、などという珍ルールは撤廃すべきであり、労働力不足を安価な労働力で凌ごうとする「数合わせ」の政策にも限界があります。ご都合主義で受け入れておきながら「移民ではない」と頑なに強弁を繰り返す政府。日本で結婚し子供が生まれ、人生を全うしようとする人たちを認めない排外主義的な態度を取り続ければ、ジェンダーギャップ指数120位を恣意的に喧伝されたり人権後進国と揶揄されるだけでは済まされなくなり、中長期的に国の名誉を損なうことは明らかです。今こそ「政・労・使」による開かれた議論が必要ではないでしょうか。

 最後に、労働相談窓口に外国籍組合員からの相談が1件にとどまっている理由を述べておきましょう。それは人として、従業員として、組合員として当然のごとく尊重されているからに他ならないことは自明の理です。労働組合があるのとないのとでは大違い。労働組合は「組織化」がすべての始まりなのです。