月刊ライフビジョン | 社労士の目から

政の強権と官の忖度

石山浩一

 コロナによる経済の低下が懸念されている。感染者の減少により10月25日には非常事態宣言が全国一斉に解除され、ようやくトンネルの先に灯りが見えてきたようである。 
 コロナ禍によって疲弊した経済の立て直しが喫緊の課題であり、大型の財政出動が検討されている。こうした中で10月の文藝春秋に現役の財務事務次官がバラマキ財政に「このままでは国家財政が破綻する」と警報を鳴らしている。政府の経済回復の方針にくぎを刺す文章であるが、こうした官僚の考えに対する政府の対応が注目される。
                
1、 心あるモノ言う犬として
 今回の財政出動に関して矢野財務事務次官は「心あるモノ言う犬」として財政に関する懸念について述べさせてもらうとしている。
 かってカミソリの異名を取った後藤田正晴元官房長官が内閣官房の職員に対して「勇気
をもって意見具申せよ」と訓示している。単に報告や連絡を迅速に上申するだけでなく、
臆せず意見を申し述べよと言っていた。同時に「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」
とも言っている。国家公務員の給与は国民の税金から払われており、決定権は国民から選
ばれた国会議員が持っている。決定権のない公務員は公平無私に客観的に事実関係を政治
家に説明して適正に施行することである。これは基本であって公務員としての経験と知識
に基づき、国民のため社会正義のため政治家が最善の判断を下せるように自らの意見を
述べてサポートしなければならない。
 昨年、脱炭素技術の研究・開発資金を1兆円から2兆円にという菅総理に対して「原資
は赤字国債ではなく地球温暖化対策税を充てるべき」と食い下がったが厳しく叱られ一蹴された。小さなことでもより良い方法があると思ったら、政治家や上司に対してでもはっきりものをいうべきである。コロナ対策の一環として一時的に消費税率を引き下げるという提案がある。しかし、消費税は社会保障制度に欠かせない財源であり、少子高齢化の進展を考えれば保険料は所得税だけでは高齢化社会を支えることはできないとの結論である。
 
2,忖度なき政官関係を
 ふるさと納税制度担当の責任者は当時を振り返って次のように語っている。
 ふるさと納税の寄付上限額を、当時の菅官房長官から倍増させるように言われた総務自
治税務署長が「返礼品の制限をした方がいい」と訴えた。その結果、その総務自治税務署
長は税務大学校に左遷させられている。菅前総理は「政権の決めた政策の方向性に反対す
る幹部は移動してもらう」と広言をしていたという。制度設計の段階で問題を指摘しただ
けで、意見が合わないと左遷させられたのではまともな検討はできないということになる。
 また、菅前総理は「日本学術会議」でも意見が異なる学者がいることから任命を拒否した
ため非難されていた。こうした言動が1年という短命内閣となった原因ともいえる。
 今回の財政出動について岸田総理は年内に数兆円規模の経済対策を策定するといっている。こうした政府の方針に対して財務事務次官の考えは相反することになる。財源が明確でないため単純に意見が食い違うとは言えないが、聞くだけではなくその内容を総理がどう判断するか注目される。
 ヴォルテール(仏の哲学者・1694~1778)は「私はあなたが言うことには反対だったが、あなたがそれをいう権利を私は命にかえても守る」といっている。上に立つものは部下の意見を頭から否定するのではなく議論することであり、イエスマンだけでは裸の王様となってしまうのである。


石山浩一
特定社会保険労務士。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/