月刊ライフビジョン | 社労士の目から

新型コロナが教えた労務管理の穴

石山浩一

 新型ウイルスの感染拡大を防ぐため、4月7日に緊急事態宣言が発令された。海外で見られるような都市封鎖を行うものではないが、密閉、密集、密接を防ぐことで感染拡大防止に対応すること等の要請である。そのために不要不急の外出をしないことなどの自粛の要請が行われた。法的な規制ではないが生活に必要な最低限の外出を除き、外へは出ないように自粛を求めたのである。その非常事態宣言も感染者の増加が減少したことから、5月25日に解除されたが、長期間の自粛によって多くのサービス産業が閉店を余儀なくされ、倒産する飲食店等も多く出ている。

“意外に多かった労働保険の未加入”

 名物うどんすきで有名な「美々卯」も、新型コロナの影響で関東6店が閉店との報道があった。大阪本店の動向は不明だが大阪出張で初めて訪れた店である。たまたま「美々卯」で働く人が同じマンションに住んでいて、ゴルフで一緒したこともあって何度か京橋店へ行ったことがある。賃貸での居住だったようでその後は見かけなかった。外から見た感じでは経営基盤も悪くなさそうな店が突然閉店に追い込まれたのである。今回の新型コロナによって多くの中小の飲食店が閉店や倒産寸前の状況で悲鳴を上げている。そうした状況から生き残りをかけてすがっているのが、持続化給付金と雇用調整助成金(助成金)である。

 この雇用調整助成金の申請に社労士として係ることになった。士業紹介のHPや議員秘書、更に知合いの会計事務所等からの依頼により、現在6件の助成金申請を行っている。そこで感じたのは、労働保険の未加入が意外に多いことである。食堂を5店舗経営して51人の従業員がいる会社が、労災保険も雇用保険にも加入していない。現在は休業状態だが社員には給与を払っているという。このままでは倒産してしまので助成金を申請したいというのである。本来雇用保険未加入なら助成金申請は不可能であるが、新型コロナに関しては特例として認められている。そのため労働基準監督署で保険関係成立届けを行うことになり、遡っての保険料支払いが必要だが支払いは出来るとのことであった。またご夫婦で食堂を営んでいる経営者も、従業員の雇用保険加入を行っていなかった。届出義務は知っている様だが会社の利益をあげるためか、手続きが面倒なのか、設置届けをしていなかったようである。一方、旅館を経営している会社は労災保険には加入しているが雇用保険には未加入であった。

“潤沢な雇用保険積立金の活用”

 助成金の原資は雇用保険加入者と会社が払っている雇用保険料の積立金である。その積立残高は19年度予算時点で約4兆円(労働政策審議会雇用保険部会(2018年12月)提出資料より経団連事務局推計)である。バブル崩壊によって失業者が急増した平成13年ごろは4,044億円まで雇用保険積立金が減少したことがあった。しかし最近は景気の回復によって失業者が減少し、積立額は過去最高に近い4兆円程度をキープしている。今回の新型コロナによる助成金はかなりの金額が想定されるが、助成期間が限定的であり原資としては大丈夫と思われる。しかし、雇用保険に加入している人たちが積み立てた保険料を、助成金目的に急遽加入した人たちに支給するということへの疑問が残る。

 社会保険も労働保険も加入者にとってのライフラインである。この「ライフラインの輪」を広げるため、今回の新型コロナで散見された労災保険及び雇用保険の未加入を厳しくチェックすることの必要性を感じたものである。


石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/