月刊ライフビジョン | 社労士の目から

定昇制度と賃金カーブ

石山浩一

 1月28日に経団連中西会長と連合の神津会長が春闘に関して会談を行い、2020年の賃上げ交渉が始まった。中西会長は「働く人の生き方と企業の方向が合致して力を出さないと、日本経済は活性化しない」と働き方改革を強調している。対する連合の神津会長は「賃上げは全体的なうねりになっていない」とし格差是正を含めた賃上げを求めている。

 春闘は3月11日の集中回答日に向けた交渉が行われている。

2020年春闘の特徴

 賃上げ要求について連合は、賃金体系を底上げするベアは「2%程度」で、定期昇給などと合わせて4%程度としている。しかし、自動車総連の中心組合であるトヨタ自動車労組は「月1万100円」の要求をしたが、定期昇給と純ベアの内訳を示していない。その背景として評価の高い組合員に多くのベアを配分する、傾斜方式がある。これまでの賃上げは多くの組合が定昇分と純ベア分を区分した率(額)で妥結している。この場合、定昇は各社の賃金規定によって当然に実施されるものであり、妥結率(額)から定昇率(額)を引いたのが純ベアとなる。但し、定昇制度のない組合は一般的な定昇率である2%を定昇とみなして要求し、妥結額から定昇相当分を差引いて純ベアとしている。

 一方、使用者側である経団連は今年の春闘の指針となる経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)で、新卒一括採用、終身雇用、年功型賃金等について「転換期を迎えている」と提起している。専門的な資格や能力を持つ人材を通年採用する「仕事に人を割り当てるジョブ型」など、経済のグローバル化やデジタル化に対応できる新しい人事・賃金制度とするよう求めている。そして連合の2%ベア要求に対しては「月例賃金引上げ」に偏重しているとし、各社一律ではなく各社の実情に応じて検討する方針を強調している。さらに業種横並びの賃金交渉は実態に合わなくなっていると指摘、職場環境や能力開発などの総合的な処遇改善も重視すべきとしている。

日本の賃金制度の概要

 日本企業の賃金制度は新卒者を一括採用(メンバー型採用)し、多くの企業が入社時の低い初任給から経過年数とともに上昇していくカーブを描く、年功序列賃金と呼ばれる制度となっている。1年経過ごとに上がる賃金を定期昇給(定昇)と呼び、賃金全体の底上げをするのがベースアップ(ベア)と呼んでいる。賃金制度を大別すると「年功序列賃金」、「成果主義賃金」、「職務給賃金」などに分類されが、多くの企業は年功序列賃金制度をベースに多様な制度となっている。しかし、この制度は年配者が給与に見合った仕事をしていない、同じ仕事なのに給与に差がありすぎる、などの問題が提起されていた。そのためバブル崩壊時には、総額人件費の配分を成果に応じた制度に変更した会社もあった。しかし、成果の評価についての不満があって元に戻す結果となっている。

賃金制度の変更は可能か

 年功序列賃金の特徴は勤続年数をベースに、労働者の能力に対する割合(職能給)や労働者の生活環境(家族手当・住宅手当、物価手当、勤務地手当等)に属する手当等で、仕事に対する給与(職務給)が反映されていないとされている。年功序列賃金を主としている企業では、学歴別の初任給の額はほとんど差がないのが現状である。新たに入社した人が低い初任給を据え置かれて職務給へ移行すれば、能力や職務が評価されない限り初任給の額が据え置かれることになる。現在働いている中堅社員が職務給に移行すれば、定期昇給によって将来上がるべき賃金が職務評価によって据え置かれることもある。低い給与で頑張っても、前の人のように上がらなければモラルの低下が懸念される。こうしたトラブルを避けるためには、職務給への変更は純ベアを充当して行うべきである。定昇は労働協約や給与規程に基づき実施して、純ベア部分を高めたい層に傾斜配分を行うのである。純ベアの額が低いと時間はかかるが、トラブル等は避けられる方式である。

 今年の賃上げの会社側の対応やトヨタ自動車労組の要求などから、生活給から職務給への流れは避けられない状況にある。今年の賃上げ交渉は外国人労働者の増加などもあり、グローバル化に向けた賃金制度への対応の議論が本格化するものと思われる。


石山浩一
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/