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アウフヘーベンする労使関係を

音無裕作

 今年の春闘における賃金交渉結果は、多くの企業でベースアップはあったものの、昨年よりは少し低調だったようです。メディアによっては、官製春闘に翳りだとか、労働組合の求心力低下だとか書かれているところもありましたが、単にアベノミクスの幻想から皆が目覚め始めたためではないでしょうか。

 景気低迷の時期には、コストカットや首切りを打ち出すと株価が上がるなどというおかしな現象が見られたものですが、今でも経営者は、いかに賃金を低く抑えるかが自分の仕事だと思っている方が多いような気がします。

 春闘での賃金交渉というと、組合側が要求額を提示し、経営側は経営状況や物価動向を考えながら回答を検討し、状況が良ければ満額回答となり、そうでなければ交渉により互いの妥協点を探るという形が一般的です。しかし、組合員たちが本当に頑張っており、経営陣もその努力を着実な成果へと結び付けられたと自負できるようなときには、経営陣の方から誇れる額を先だって提示するということがあってもいいのではないでしょうか。

 そもそも、自分たちの組織の賃金を上げたいという思いを持つのが、正しいリーダーの在り方であるはずです。もっとも今年のような状況下でベアを増やす経営者の多くは、人手不足で競争が激化する中、優秀な人材を採用するために魅力ある賃金を確保しようというのが、主な目的になっているでしょう。

 不景気な時期に採用を絞り、過去から続いてきた新卒受け入れ学校とのパイプを切ったり、成果主義賃金制度の名のもとに組合員、特に若手から中堅層の賃金レベルを低下させてきたりしたツケで、ここへきて採用に困難をきたしている企業も少なくないようです。

 人手不足と騒がれていますが、需給バランスには大きなバラツキがあり、有効求人倍率が1未満の職種もまだ多くあります。そんな中で、有効求人倍率が高い職種では、賃金や労働条件を見直し、魅力を打ち出すべきなのですが、そういった事業の多くは安価な労働力による低価格戦略に依存しており、賃上げや労働条件の改善ができないと嘆く経営者の声を耳にします。国を挙げてデフレを叫び、労働力人口は確実に減りゆく日本において、賃上げや労働条件の改善をできないビジネスモデルはもはや将来性はないと言えるのではないでしょうか。そういったビジネスの選択や改革を行うことこそが経営者の仕事であるはずです。

 そもそも、優秀な人材とは何でしょうか。確かに一流大学を出てきた方は本当に優秀で、知識の豊富さや新しい物事への対応力なども、私のような凡人とは違うなと感心することしきりです。

 しかし、氏(うじ)より育ちということもあります。知識や経験は未熟でも、やる気のある有望な人材を見つけ出すことが人事の仕事であり、そうした人材を優秀な人材へと育てていくのは、経営陣のみならず、企業全体の責務だと思います。

 労使関係は、単に賃上げ交渉や残業協定を結ぶだけの会議体ではないはずです。働く側は労働力という自らの商品力の向上を目指し、例えば労働組合でスキルアップのための勉強会を開催するなどの取り組みを実践し、雇う側もそれを支援し、それに応える体制や処遇を整え、双方の努力により優れた集団に成長することで、少子高齢化にも対応した、個々人の生産性の高い組織を目指すべきではないでしょうか。

 一見対立するように見えながら、さらなる高い次元へと意見を統一していく、アウフヘーベンする関係を目指す経営者と労働組合って、素敵だと思います。