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初号機とは違うのだよ、初号機とは!

音無祐作

 2月22日の朝、はやぶさ2号機が1回目のサンプル採取のための着陸に成功し、日本中が沸き立った。しかし、遠足も探査も無事に帰るまで気は抜けない。今後さらなる困難なミッションもあるというし、操作する技術者の方々の苦労はまだまだ続くのだろう。

 ニュースの映像で、若いスタッフが「初号機とは違うのだよ。初号機とは!」というフリップをかざして喜ぶ姿があった。往年のテレビアニメで、主人公より人気のあったキャラクターの名台詞をもじったものだが、スタッフの気持ちがこもっている。

 初号機とは、小惑星探査機「はやぶさ」のことだろう。困難を乗り越え、小惑星イトカワからサンプルを持ち帰り、2010年6月に地球に帰還することに成功した探査は、映画やドラマにもなり、奇跡の感動の物語として語られた。

 私たちは奇跡が好きである。野球は「9回2アウトから」と信じ、観客席から「何とかしてくれ~」と声を上げた直後に奇跡的逆転ホームランが飛び出すなどというシーンは、ファンにはたまらない。

 関東の大学生陸上競技、正月の箱根駅伝の伝説の一つに、2区での「奇跡の何人抜き」というのがある。区間で歴代最速タイムを出すことよりも大きな話題として語り継がれている。

 しかし、この記録は残酷なものだと思う。「何人も抜いた」ということは、その選手は後方の順位にいたわけであり、1区での不振を示している。語り継がれる度に、その時の1区の選手を寂しい気持ちにさせるだろう。2010年6月に帰還した「はやぶさ」に、「初号機とは違うのだよ。初号機とは!」とフリップを掲げたことも、残酷なのかもしれない。

 はやぶさの帰還が「奇跡」ともてはやされたのは、幾度かの困難を乗り越えてきたからであり、その困難は技術者にしてみれば「失敗」なのである。

 プロ野球の観客は、内野手の好プレーとして、派手なダイビングキャッチを喜ぶが、本当の名手とは、あらかじめ打球の方向を予測し、着実に正面で捕球するものだと聞いたことがある。素人の目には何気ないプレーにしか見えないが、そこで待ち構えていることがすでにファインプレーなのだそうだ。

 昨年、ノーベル賞を受賞された本庶佑さんが、日本の基礎研究の低下を問題視されていた。受賞インタビューで語って共感を呼んだが、普通の研究者がいくら訴えても共感を呼ばなかったかも知れないし、すぐに利益に繋がらないような技術開発や研究に多額の税金をつぎ込むことには、理解を得にくいのかもしれない。

 はやぶさ2号機のこのたびのチャレンジには、慎重に慎重を重ねた着陸地選定の地道な作業が成功につながったという。「若さゆえの過ち」は、そこにない。

 このまま大きな奇跡など起こさずとも、無事に探査を続け、何事もなかったかのように帰還できるよう、「初号機とは…」のフリップを掲げた、地道に努力を続けているスタッフの皆さんたちを応援したい。