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働き方に改革を

音無裕作

 中間試験を前にして、息子が夜遅くまで勉強をしています。ただでさえ寝起きが悪いのに、夜更かしをした翌朝は遅刻させないよう送り出すのにひと苦労で、ほとほと困っています。

 おまけに、帰宅後は熱心に勉強しているのかと思えば、そうばかりではないらしく、遅い時間になってからようやくエンジンがかかっている様子です。

 思い起こせば自分の学生時代もまさにそんな具合だったので注意しづらいところではありますが、そこはそれ、昔のことは棚に上げて、息子には早寝早起きするように口ずっぱく注意しています。もっとも、学校で日中5~6時間勉強してきて、部活や通学で疲れ果てていれば、放課後の学習効率が悪くなってしまうのも分かってやりたいところではあります。

 働き方改革での課題の一つに長時間労働があり、政労使で様々な議論がなされていますが、労使それぞれの意見のうち、違和感を禁じ得ない部分があります。

 まず、労働者の代表である労働組合の立場からは、過労などの観点から働かせすぎを問題視し、時間外労働や休日出勤をできるだけ抑制するよう要求しています。

 しかし、実際に労働者の意見を聞いてみると、特に所定内賃金の低い中小企業の労働者などからは、生活費確保のためにもある程度の残業をしたいという声も少なくなく、それどころか生活に十分な賃金を獲得しているであろう企業の従業員からも、物欲や蓄財の観点からか残業を希望する声も聞くことがあります。

 人の集中力には限界があります。いくら調子が出てきたからといって1日8時間を超えて仕事をしていれば、おのずと効率は落ちるでしょう。ところがその落ちた効率の仕事には25%増以上のペナルティ(企業側)が必要です。

 経営者としてはコストが気になるのが当然であり、働き方改革の議論の中では、「時間ではなく成果で」との建て前のもと、残業代を出し渋るというのは納得がいきます。しかしそれ以前に、労使交渉などにおいて、経営側からは時間外労働の枠を拡大する要望が多くでます。

 経営者としてのコスト意識と労働者としての欲求をバランスすれば、企業は労働者に時間内できちんと成果を期待し、労働者からは無理のない仕事量のペース配分を求めるような議論になりそうなものですが、そのような労使交渉はあまり耳にしません。

 働き方改革の議論の中で、安倍首相は「モーレツ社員という考え方自体が否定される日本にしていきたい」と語っているそうですが、「残業するほど暇じゃない」というかつてのテレビCMのように、時間内にはモーレツに働き、終業後にはモーレツに遊ぶ、そういう労働観を育てることの方が、働く人の精神衛生上も経済合理性からも、良い結果につながっていくのではないでしょうか?

 と偉そうに語ったところでさて、うちの子供の学び方改革はどうしたものか?