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反省すべきは8月だけか

音無裕作

 8月6日、9日、そして15日と、毎年、夏になるとあの戦争のことを振り返る式典に関するニュースを目にする。そうしたニュースを見ていて、挨拶や街角の声などを聴いて、違和感を持つことがある。

 特に、広島における礎に刻まれた「過ちは繰り返しませんから」という言葉の中の「過ち」が何を指しているのかを考えてしまう。
 多くの人の頭の中には核兵器や、日本が被害を受けた原子爆弾のことが浮かんでいるのではないだろうか。私はここでいう「過ち」とは戦い、すなわち日本が戦争を起こしてしまった当事者であり、加害者であったこと、そして、哀悼の意をささげるべきは、日本国民や日本国内での犠牲者だけではなく、戦争の犠牲となったすべての方々でなければならないと思う。

 先日、「日本人は8月にしか、戦争の反省をしない」という言葉を聞いた。8月だけではないとしても、6月23日(沖縄降伏・占領)や3月10日(東京大空襲)など、日本が被害を受けた日には黙とうなどが行われることが多い。

 しかし本当に「過ちを繰り返さない」という気持ちが強いのであれば、むしろその過ちの始まりといえる、日中戦争の発端となった、満州事変の9月18日や、日米開戦真珠湾奇襲の12月8日にこそ、黙とうし、反省をするべきではないかと思う。

 都知事と墨田区長が、関東大地震の朝鮮人虐殺の慰霊について、今年は追悼文を送らないという。一部の人たちの頭の中では、日本人は完全無謬な存在であり、そんなに卑怯なことをするはずがない、その事実を認める慰霊の追悼はできるだけ人の目に触れないよう、みんなが忘れてしまうよう、歴史の事実から抹殺してしまおうという考えがある。
 近隣国のミサイル発射も、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」などとあおる前に、日本がかの国に何をしたのかを顧みることから始めたい。非難するだけでは、また、「過ちは繰り返す」ことになるように思う。