メディア批評

ウクライナ侵攻の教訓とは?

 ロシア軍のウクライナ侵攻から半年が過ぎた。首都キーウ(キエフ)包囲によってゼレンスキー政権の早期降伏を狙ったプーチンの思惑は失敗に終わり、東部地区の占領を進める戦略に転換した。ウクライナ側は欧米の支援を受け、抵抗を継続する一方で、ロシア側にすでに支配されていたクリミア奪回をも狙うようになった。アメリカは一段と軍事支援に乗り出し、戦況は長期戦、消耗戦そして代理戦争の様相を呈してきた。

 そこから学ぶべき教訓として、①戦争はいったん始まると敵意は収まるところを知らず、停戦、終戦のきっかけをつかむことができない、②戦火の惨状は広く一般国民に及ぶ――ということである。まだ戦火に巻き込まれていない日本にとっては、紛争、戦争の火種になる対立を、いかに外交的な努力によって解消することが大切か、私は痛感する。

 しかし、自民党政権の対応やマスコミの論調は、どうも異なっている。ロシア同様に中国の脅威を煽り、それに対する防衛力、軍備の備えを説く議論ばかりが目立つ。

 その典型は、読売新聞の「ウクライナの教訓 侵攻半年」という連載記事だ。一面と三面を使った超大型企画で、5回にわたり一面ではウクライナの現況、三面はそれに対する日本のあるべき対応を示す構成となっていた。見出しを見るだけでも軍事的対応のみを取り上げ、物々しい内容を感じさせる。

第1回 一面「サイバー戦攻防、紙一重」「露の奇襲 米企業が打破」

    三面「サイバー日本の弱点」「戦略遅れ、対処は現場任せ」

第2回 一面「ドローン戦場かえた」

    三面「無人機、自衛隊出遅れ」「中国軍の『攻撃』対処困難」

第3回 一面「大量発射、迎撃できず」

    三面「反撃能力は抑止力」「相手は簡単に攻撃できなくなる」

第4回 一面「士気旺盛、武器は不足」

    三面「日本、戦闘継続に課題」「弾薬増、装備品修理予算回らず」

第5回 一面「核の脅し、崩れる秩序」

    三面「台湾有事、中国の核脅威」「強固な日米同盟、抑止に不可欠」

 連載は回を追うごとに脅威を煽り、銃弾で倒れた安倍元首相が唱えていた「反撃能力(敵基地への先制攻撃)」「核共有」の必要性を強調する内容となっている。

 最終回は、クライナが91年ソ連の崩壊後、まだ米ロに続く世界第3位の核保有国だったが、94年ブタペスト覚書で米英露が領土の安全を保障するのと引き換えに核放棄に合意したとの歴史的経緯を取り上げる。その上で、ミッテラン仏大統領がその直後、ウクライナの大統領に対し、「あなたたちはだまされるだろう」と語ったとのエピソードを紹介する。そして、侵攻直後のプーチン大統領の核の脅しを読者に思い起こさせる。

 この教訓を受けた三面では、8月7日に都内で行われた「台湾有事シミュレーション」セミナーを紹介する。セミナーには自民党国防族や自衛隊OBが出席し、台湾有事を想定しそれに対する日本の対応を議論したという。そこでは中国軍が中距離ミサイルを使って台湾北部上空で核爆発を起こしたとの想定で、アメリカが日本に対し、核ミサイル搭載の原子力潜水艦の受け入れを要請、首相役の元防衛相が受け入れを検討とのシナリオを描いた。

 こんな物騒なセミナーが開かれること自体、安倍首相の出現以前はマスコミで叩かれたはず。しかし、こうしたセミナーが当然のことのように開催される。しかも大新聞がウクライナの教訓として取り上げるとは、いかがなものか。

 連載では、中国は核の先制使用は明確に否定しているとする一方で、中国の軍事愛好家がネット動画で「台湾統一に日本が軍事的に干渉すれば、必ず日本に対して核兵器を使用し続ける」と流したとのエピソードを紹介する。一面のミッテラン予言と合わせて読むと中国のウソに気をつけろと言いたいようだが、軍事愛好家のネット動画を中国の本音とする根拠がわからない。

 こうした連載の開始と時を合わせるように、防衛費の概算要求の全容が報じられる。朝日新聞によれば、「今年度予算比で約4千億円増となる5兆5千億円とは別に、要求金額を示さない『事項要求』を100項目以上盛り込む方向で調整に入っている」という。「事項要求には『敵基地攻撃能力(反撃能力)があると見込まれ、射程が長い『スタンド・オフ・ミサイル』の運用も含められる。岸田政権は防衛費の大幅増を目指しており、年末に決まる新たな防衛戦略の内容次第で巨額化する可能性がある』というから、政府にとっても、ウクライナの教訓は軍事対応しかないようだ。

 その一方で外交的努力は虚しい。2020年11月以来という日中外相会談が8月4日予定されていたが、ペロシ米下院議長の台湾訪問をきっかけにお流れになってしまった。17日、秋葉国家安保局長が関係改善を探るため訪中したが、読売の見出しは、「秋葉安保局長、中国の演習を非難」と報じた。もちろん、台湾周辺での中国の大規模演習も非難したんだろうが、そのためにわざわざ訪中したのではなく、国交正常化50周年の首脳訪問に向けてどう関係を修復していくかを模索する旅だったはずで、それがどうだったのかを報じることが先決だろう。

 これでは、大新聞は自民党保守派の機関紙と変わるところがない。

 もちろん軍事的対応も必要だろう。だが、マスコミがそればかりに注目し、外交的努力を無視する風潮は嘆かわしい。

 一般国民の反応はどうなんだろうか。8月26日配信の毎日新聞デジタルで、世論調査を基に書かれた「国のために戦うか『わからない日本人』誠実か無責任か」という野上元・早稲田大学教授の興味深い評論を見つけた。

 野上氏はまず、定期的に世界的に行われている「世界価値観調査」を紹介する。その第7波調査(2017~20年)で、「戦争が起きた場合、国の為に進んで戦うか」との問いに、日本では「はい」は13.2%、「わからない」が38.1%で、共に57か国中1位。他国では、「わからない」は多くの国で一けた台、ゼロの国も珍しくない。また中国やベトナムなどが「戦う」9割を超え、欧米なども含め平均すると「戦う」は60%台半ばという。

 野上教授はこの調査を基に、ウクライナ情勢が日本の世論にどう影響しているか、20歳、30歳代の500人を対象に、ネット調査を行った。その結果、「自分の住まない有人離島が侵略されたら自衛隊に加わるか」という問いに対し、「加わる」がウクライナ侵攻前の2月段階で5.8%、侵攻後の3月は5.2%、「徴兵されれば」2月15%、3月17.94%、「絶対加わらない」2月47.7%、3月50.94%、「わからない」2月31.5%、3月26%という数字が出た。この数字を見ると、この段階ではウクライナ情勢の影響は大きくなかったようだ。野上教授はネット調査の結果について、態度を明確にした人が多少増え、「わからない」人は意見が移ろいやすいと分析している。

 その上で二つの調査について、「戦後日本人は軍隊や戦争について我がこととして考える機会を持ちにくかった」とコメントする一方で、「もし不幸にも日本が再び外国と戦うなら初の民主主義下の戦争となり」、「先の戦争」は軍の暴走など国民が決定に関与せず、いわば被害者だったという言い訳があったが、「次は私たちが選んだリーダーの下で、私たちの責任で戦争を戦うということになります」と警告する。

 この先、野上教授の言うように、究極の選択に迫られた時、私たちおはどう反応するのか。その判断材料は? 「先の戦争」を見ても、やはりマスコミの報道が大きな影響を及ぼすだろう。「移ろいやすい」世論を考えると、読売の連載は改めてぞっとする。


◆ 高井潔司 メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。