月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

「国葬」を考える

音無裕作

 だいぶ以前に目にした、うろ覚えのエピソードから紹介させていただきます。

 ある企業を訪れた高校生のツヨシ君に、ラフな格好をした老人が写真を見せて問いかけます。「この中で一番偉い人は、誰だと思う?」

 写真は、通夜の席上での記念撮影のようで、居並ぶ紳士たちがピシッと映っていたのですが、ツヨシ君が指をさして選んだのは、紳士たちの横に立つ学生服の少年でした。実は、その学生服の少年こそが、質問をした老人であり、その企業の現在のトップなのでした。

 老人はちょっとしたいたずら心と意地悪でその問いかけをしたのですが、いきなりツヨシ君が自分を選んだので、びっくりします。さては、これがわしで、わしが誰だとわかっているのではと訝り、なぜそう思うかを尋ねると、ツヨシ君は答えました。

 「だって、通夜の席だというのに、他の人たちはきちんと喪服を仕度して、にこやかに写真に写り、あまり哀しんでいるように見えないけど、この子は身なりに気を遣う余裕もなく駆け付けた感じで、大泣きしながら、写真に写っている。一番哀しんでいるこの子が一番偉い」

 老人は、すっかり感心してしまいました。

 令和元年、2019年12月4日に凶弾に倒れ、お亡くなりになった中村哲さん。医師としての経験をもとにパキスタン、アフガニスタンで医療活動のみならず、治水工事や様々な施設建設など、身の危険を呈して、人々のために尽くされたそうです。

 残念ながら、私たちの多くは凶弾に倒れた際のニュースによって、はじめてそのご活躍を知ることとなりました。国の内外を問わず、同じように、人々のためにご尽力された方や、今も活動されている方は、少なくないことでしょう。

 自己犠牲をいとわず私利私欲に囚われず、真に世のため人のために尽くす、宮沢賢治の小説に出てくるグスコーブドリのような人にこそ、私は哀悼と感謝の念を捧げたいと思います。