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アサリ産地偽装から日本の食を考える

渡邊隆之

 今年1月、TBSのTV番組「報道特集」で熊本県産アサリの産地偽装問題が大きく取り上げられた。流通する熊本県産アサリの97%程度が外国産というのだ。外国から輸入した場合でも畜養期間が十分であれば日本産となる。しかし、輸入して短期間に出荷という事態が長年続いていたため今回問題となったのである。かつて生業として小売業に関わった筆者の立場からは、多くの論点から興味がある。

 まず、消費者の立場から。商品購入に際し、消費者は生産者と直接対話ができないから、商品に貼られた表示を信用する。その表示が事実と異なるというのであれば「詐欺に遭った」と感じる消費者も多いはずだ。

 食品はできる限り「国産」を買いたいと思うのは、その品質管理が十分と判断するからである。ただ、何をもって「国産」と判断するかは難しい。家庭菜園の野菜の種でさえ、外国産のものが多いのだ。牛馬なども出生から生育・出荷に至るまで、関わる場所が変わる。どのファクターを重視して「国産」「(国内の)〇〇産」とするのかはなかなか悩ましいのである。

 現在、国内での水産資源が激減しているのであれば、国民に事情を説明した上で、外国産アサリの品質管理について透明化し、消費者が納得の上で商品を選べるように法制度の整備をしていただきたい。

 では、生産者の立場に立つとどうか。

 確かに、産地偽装目的で国内産と表示するのは許しがたい。しかし当事者を責めることだけに終始せず、産地偽装が平然と行われ続けた原因に光を当てて、建設的な対策につなげたい。

 海水温の上昇、外来アサリの輸入・畜養に伴う在来種の減少等も原因であろうが、政府や自治体による意図の不明確な干拓事業・海洋汚染なども在来種の枯渇に影響してはいないだろうか。諫早湾の干拓事業は洪水被害を防ぎ、耕作面積を広げるとして行われたのだが、当時の自民党政権下ではしきりに減反政策を勧めていた。海水・塩分の含んだ土地で果たして農作物が十分に育つのか理解しがたい点が多くあった。水門を閉めることにより、干潟の貝が死滅し、あたり一面に腐敗臭が漂うという映像も目にした。実際にこの干拓事業のあと、有明海で海苔の生育が悪化するなどの被害が出た。また、水門の開閉をめぐり農業関係者と漁業関係者が対立し、地域が分裂する事態にまで発展した。

 訴訟では裁判所は科学的分野の専門家ではないし、直接的な民主的基盤に立たないこと等から立法府や行政府の判断を尊重せざるを得ない。損害賠償の有無・程度など訴訟関係者には当面の紛争解決基準が示されるが、地域住民の暮らしや長期にわたる食料安全保障の面からは十分な判断とはならない。

 今回の産地偽装については国や自治体の監督責任も問われるべきだが、かつての政策の負の側面に光を当てず、また、困窮する生産者への配慮や消費者の観点を無視した「なあなあ」の状態が続いていたのではないだろうか。しかし、それではこの国の食料自給や食の安全の面で問題があり、ひいては国の健全な存続・発展の面でも支障が出る。

 半額セールで熊本県産表示のアサリを美味しくいただいた筆者ではあるが、アサリのほかにも不当な表示の食材はあるはずである。正確な情報を得て、「食」の安心や食料安全保障のために何がよいのか、自分にもできることはあるのか、じっくりと考えてみたい。