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戦争はいやだね うん、嫌だね

すぎかふん

 前夜の大雨の都合で予定の特急列車の到着が遅れ、その影響で次の乗り継ぎは間に合わなかった。改札に掲げられた時刻表を眺めていると、同じく思案顔の白髪おじさんが駅員と話をしている。

 ホームに移動して次の特急電車を待っていると、先ほどの白髪おじさんがやってきた。曰く、C市駅に行きたいが、今度来る各駅停車は一つ手前の駅までしか行かない。特急を乗り換えたのでは特急料金が二重払いになる。困った。

 〈遅延証明をもらえば、二重払いは発生しませんよ。〉「そんなことができるのですか」〈できるはずです。電車の遅れはJRの都合ですから、次の特急料金は発生しません。〉「でも遅れたのは大雨のせいだから。」この地方の人はこうして、厳しい天候を受け入れて来たのだろう。〈大雨でも、電車が来れば乗られたのですから。〉

 白髪おじさんは急ぎ足で改札に向かい、しばらくするとニコニコしながら帰ってきた。手にした特急券には遅延証明の朱印が押されていた。「ありがとうございました。」〈私のおしゃべりがおひとりの役に立ったのですね。〉「いえ「私も」という人が現れて、その方は二人連れだったから三人です。」

 小康を得たおじさんは、プラットホームに固まって座り込み通学列車の到着を待つ中学生たちを見やりながら、「あんな姿は見苦しいね、困ったものだ。戦争を思い出す。」少し離れたところで各駅停車を待っていた、同じ年頃の日焼け顔のおじさんが近づいてきて、同意する。

 「食べ物がなくて、あんなひもじい思いはもうしたくない。知らないでしょ、戦争なんて。」〈いえ私も脱脂粉乳世代ですから、少しは。まずくて嫌で、泣きながら口に入れていた。〉「まずくても食べるものがあるんだから、まだいいよ。俺なんか、落ちているものまで拾って食べたよ。戦争はもういやだね。」と日焼けおじさん。「嫌だね。」と白髪おじさん。

 楽しい! というのははばかられるようなテーマのおしゃべりは、しかし、長くは続かず、日焼けおじさんは到着した各駅停車に乗り込んで、そのすぐ後にわたしたちが乗る特急が滑り込んてきた。それでは。さようなら。

 やがて白髪おじさんが下車するC市駅に到着すると、降車客の列が出口に向けて動き始めた。と、先ほどのおじさんが通り過ぎざまに何かをすっと、私に差し出した。

 電車が動き始めると進行方向で、それは改札とは逆方向だったのだが、待ち構えていて手を振る人がいた。あのおじさん。私も座席で立ち上がり、お辞儀を返した。手に残されたのは日本海側の地名が入った焼きのり。そこには手書きで「お元気で」と、2017年7月**日と書かれてあった。偶然の出会いと余韻の残る別れ方。昭和のにおいがする30分の出来事でした。