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リモートコンサート体験記

すぎかふん

 オーケストラのシーズンチケットを持っている。他でもないこの時節、中止や予定プログラムの変更、それに伴うチケットの払い戻し、三密回避の座席変更などなど、主催者はいつにない緊張と手続きに翻弄されている。

 国外から招へいする指揮者、演奏者にも、有効だったビザが取り消されたり、その母国が入国制限に分類されて来日取りやめになったり、入国後14日の待機を要請されたりしていた。しかし当日の指揮者は「あきらめ」が悪かった。「リモート指揮」による演奏が決まった。

 当日は雨なのに傘置き場には鍵がかけられていた。観客は入場するのに、物々しい誘導を受け、入り口ではプログラムの他に公演宣伝のビラの塊を受け取り、いつもは係員が半券を切り取ってくれる入場券を示すと、自分でちぎってここに入れてと、フェイスガードとマスクで装備したもぎり嬢が言う。もたもたするうち入り口で渡された宣伝パンフの束が崩れて床に散らばる、拾おうとすると、手袋をつけた別の係員がすっ飛んできて、手を出さないで、触らないでと素早く拾い集める。まるでチャップリンの無声映画の世界。

 舞台には楽団員と客席を隔てるように大型のプロジェクターが4基、うち3基は楽団員に、1基が観客に向けられて、コロナのおかげで入国できなかった指揮者が足止めされた国のスタジオで、正装して映っている。いよいよ演奏が始まって、なじみの指揮者のタクトも快調、しかし演奏者は大型プロジェクターの向こう側にいる。ここまでは本当に、国外にいる指揮者のタクトで国内のオーケストラが同時演奏していると思っていた。だが聞きなれてくるとあれっ? モニターの指揮と耳に届く音が少し、ずれている気がし始めた。

 曲が終り、正装した指揮者が一礼し、画面が暗くなり、拍手が終わらないうちに明るくなったモニターに、私服の指揮者が満面の笑顔で画面をハグしに駆け寄った。

 わかったのは、指揮と演奏は海を越えて同時一体ではなかったこと。日本側には事前に指揮者の綿密なスコア(総譜)が配られていたこと、映像に合わせて国内演奏者がリハーサルすることは無かったこと。結構アナログだったのだ。

 未知の演奏会の企画段階で、イギリス人の指揮者は日本人コンサートマスターに「よき危機を無駄にするな」と、第二次大戦後の復興時、チャーチルが残した名言を引用したという。

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 翌日は、近頃倒産したアパレルメーカーのバーゲンに行くつもりだった。マスクをして来い、入場時に検温がある、しかしお客は、他の客の物色した商品を自宅に持ち込むことになる。明日のニュースになりそうで、勇気も自信もない。美容院にはもう半年ほど、足を踏み入れていない。ボクの髪はもう肩まで伸びたというのに、行きつけの美容師は手を動かす間中、しゃべり倒す人で、マスクをしてほしいなどと言って気を悪くされたら心配だ。相手は何しろ刃物を持っている。ここはもうしばらく、忍の一字である。