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共謀罪法案成立について思うこと

渡邊隆之

 6月15日早朝、参議院で共謀罪(テロ等準備罪)法案が強行可決された。この法案については野党推薦の髙山加奈子教授(京都大学大学院・刑事法)の指摘が的確であった。
 まず、①TOC条約(国際組織犯罪防止条約)はテロ目的ではないこと、②共謀罪法案を成立させなくとも一部留保の形で条約に加盟できること、③予備罪の行為形態は非定型的であり、かつ、共謀共同正犯の理論により、現行法のままでもテロ準備行為の処罰も可能であること、④政治資金規正法、政党助成金法等、権力者側を取り締まる法律や商業賄賂罪については規制の対象外とする理由が不明確であること等である。
 TOC条約加盟の必要性については民進党も、特殊詐欺や人身売買については早い段階での処罰の必要性を主張しており、むやみに反対していたわけではない。政府は専門家の質問には正面から答えず、国民の人権への配慮より都議選への影響を優先し、会期内で蓋をしてしまった。
 まず国民の人権を著しく制約する可能性がある法案に対し、答弁能力のない大臣をあてがい、時間を空費した。自民党には法曹資格のある議員がいるのだから、彼らが率先して説明すべきである。
 刑法上の原則との関係でも問題がある。この度の共謀罪法案は、処罰対象の法律277について、犯罪の実行行為着手前の共謀・準備行為があった場合の早期の刑事処罰を認めるものである。
 「刑法の謙抑性」原則からすれば、刑罰は人の生命・身体・財産を剝奪する極めて過酷な制裁なのだから、必要最小限にとどめるべきとするものである。この観点からすれば、先に対象犯罪の範囲が適切かの審議がされるべきであったが、政府答弁は十分でなかったと考える。
 次に刑法には罪刑法定主義という原則がある。罪刑法定主義は人権尊重の精神に基づくから、刑罰法規は内容が適正であり、明確なものでなければならない。(憲法31条)一般人に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ適正に告知し国民に行動の予測可能性を与え、また、裁判官等の法執行機関が刑罰法規を恣意的に適用し刑罰権を濫用することを防止するのである。
 現行憲法が個人の尊厳を最高の価値とする以上、明確かどうかの判断基準は通常の判断能力を有する者が認識し判断できるものでなければならない。今回の国会審議では国民・法執行機関が「何が犯罪行為か」を読み取れない。憲法31条違反の疑いがある。
 この点についてある自民党議員は、「今回可決されたのは実体法の話で、手続法は従来通りであるから国民への過度の人権侵害の危険性はない、裁判所が令状申請をチェックするから大丈夫だ」と言う。しかし、捜査令状申請は99%以上認められるのであり、人権保障のための十分な歯止めになるとはいえないのではないか。また、司法機関は立法・行政に比べ圧倒的に予算が少なく(三権全体予算の0.3%!)、新たに成年後見に対する後見監督機能が増えることも考えるならば裁判所に十分なチェックを期待することはできまい。法執行機関特に捜査機関が成果主義を求められた場合、過度の人権制約が生じる危惧があり危険である。
 自民党内にも、あの採決は強引すぎるとの考えの議員もいたようだが、党議拘束のもと、国民にリスクを生じさせる法案に賛成したという点で同罪であり、弁解の余地はない。
 有権者の私たちは「民主主義の健全な日本を取り戻す」ために動きたい。まずは国会や政府をよく見て投票行動を取りたい。特に若い世代には自ら創造性を十分発揮できるような社会にすべく、選挙に臨んでもらいたい。

TOC条約
国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(略称 国際組織犯罪防止条約

共謀共同正犯の理論
共同実行の意思の形成過程にのみ参加し、共同実行には参加しなかった形態の共同正犯(主犯)をいう。

刑法の謙抑性
刑法はあらゆる違法行為を対象とすべきでなく、刑法は必要やむをえない場合においてのみ適用されるべきという原則

罪刑法定主義の原則
犯罪と刑罰はあらかじめ法律によって明確に規定されていなければならないとする原則。何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命もしくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。(憲法31条)