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『なぜ君は総理大臣になれないのか』

渡邊隆之

 6月よりポレポレ東中野などで表題ドキュメンタリーを上映中である。監督は大島新氏。衆議院議員小川淳也氏の17年間の議員活動を収めた記録映画である。小川淳也議員は東大法学部卒、自治省(現在の総務省)を経て、国会議員に。「社会をよくしたい」との思いを胸に活動を続ける。「長年活動していても野党の中でも出世できない」「政治の世界で必要なのは強かさだけなのか」など、理想と現実の狭間で苦闘する議員の姿が描かれている。「彼のような(愚直な)国会議員がもっと増えればいいのに」というのが、鑑賞を終えた方々の主な感想だ。

 同氏の政策をサイトで見た。有権者目線からも納得感のある政策が並ぶ。例えば、①国の政策発表は「〇〇省」ではなく「△△(副)大臣」とし責任の所在を明確にする、②会社や役所を辞めなくても選挙に立候補できる制度創設や供託金の引き下げ、③議員特権の廃止・縮小(議員年金の廃止、逮捕・起訴された議員への歳費の支給停止)など。

 理念も素晴らしい。①中心におきたいのは“人のしあわせ”、②自立と自己責任、そして十分なセーフティネットのバランス、③健全な自己主張(私たちの自信と誇り、周囲の尊敬を得る国づくり)の3点である。

 ところで、政党とは同じ政治的意見をもった人により組織された団体をいう。支持する有権者(国民)の声をできる限り実現すべく、その声の最大公約数を探り、政策を立案・提示・実行する公的側面を持つ。背後にあるのは国益を守ることであるが、その具体的中身はこの国に暮らす人々の幸福を守ることである。

 与野党を問わず、バイタリティ溢れる優秀な人材は多い。しかし、なかなか彼らに光が当たらず、実効的な役割が与えられず、その結果、私たちの生活も豊かにならないのはなぜなのだろうか。政党の目的が、政権・派閥維持や政党自体の存続維持、一部の者の権益維持に変質してしまっているのではないか。与党の大臣を見ても当選回数何回以上でないと資格がない、派閥や選挙対策を考慮する組閣など、「国民の幸福に寄与する」という政党や国会議員の本則から逸脱している気がする。政党助成金等の使い方や情報開示請求への説明責任についても然りである。

 政治家の劣化と官邸主導の官僚人事により、優秀な人材が官僚を目指さない、または、早期リタイアするとよく耳にする。人の幸福に寄り添えるのは、たしかに民間企業でのほうが実現しやすいからである。

 今回のコロナ禍でのマスクひとつをとっても、デザイン性、通気性、機能性等、畑違いの企業が、利用者のニーズに早期に応えて製品を流通させている。また、後の環境問題にも配慮し、トウモロコシ等自然分解される素材でマスクを製造している企業もある。このコロナ禍で大変な中、人々の幸福に資する努力を続け、業績の上方修正をした企業もある。

 かつて日本は「経済は一流、政治は三流」と言われた。しかし、非正規労働者の増大や国の政策決定のまずさも手伝って経済は一流といえない。また、政治では違憲・違法を疑う事案が次から次へと出てきて底が抜け、私たちの生存権にも影響を及ぼしかねない。

 7月5日には東京都知事選もある。スマホで演説も視聴できるし、SNSで意見表明もできる。自宅で過ごす機会が増えている今、私たちの暮らしについて考えてみるのはどうだろう。

 タイトルの映画は順次全国で上映されるとのこと。「コロナが怖くて映画はちょっと…」という方は、同タイトルのサイト(http://www.nazekimi.com/)や小川議員のサイトを見ていただき、今後のご自身の投票行動の参考にしていただけたらと思う。