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富岳三十六計に期待する

音無祐作

 「一番でなければ意味がない。日本一高い山は富士山とすぐに浮かぶが、二番目以降はなかなか出てこない」などと聞くことがあります。では、世界一速い市販の自動車はご存知ですか。フェラーリ?ランボルギーニ?それともポルシェ…? 答えは最高時速約490kmを誇る、ブガッティ・シロンです。(2020年6月現在)よほどのカーマニアでもなければ、ご存じないことでしょう。なぜ知名度が低いのか? 4億円を超える価格や利便性の低さ、そして親近感の無さなどが考えられます。もっともフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーも、利便性という点では絶望的かも知れません。おそらくデザインや過去の流行を知る人たちに支持されているのでしょう。

 民主党時代の始業仕分けで議員が放った「一番でないとダメなんですか?」は悪名高いセリフとなってしまいましたが、スーパーコンピューターに対する議論喚起という点では、私は評価しています。そもそも国の税金でなぜ、スパコンを開発するのか。それは、「世界一速い」との称号を得るためではないはずで、それを使って何を実現しようとするのか。

 この度、世界一の称号を得た「富岳」が目指したのは、使いやすさだそうです。「最速」だけを目指し、運転には高度な技術が求められるスーパーカーのような装備よりも、実際の運用時に役立つ中央演算装置(C.P.U.)を多用することにより、省電力で誰もが使いやすいキャンピングカーやセダンのようなマシンの開発を目指したとのことです。そうした努力の末、結果的に速さだけでなく、様々な部門での「世界一」の称号を得たのだそうです。

 1980年代の終わりころに世界最速とされていたフェラーリF40は、ちょっとやそっとの運転技術で乗りこなす事は難しく、「F40をまともに走らせるには、最低でもF1のテストパイロット程度の技術が必要」などと囁かれていました。そんな人がいったい世界に何人いる事やらとも思いますが、F40はその独創的で孤高なスタイルにより、多くのファンを魅了したのも事実です。

 富士山は確かに日本一の高さかも知れませんが、それだけで日本中の人々を魅了しているわけではないと思います。あの悠々とした姿、連峰ではない孤高の存在、様々な魅力が人々の心を打つからこそ、誰からも愛される存在なのではないでしょうか。

 富岳の先代「京」は実稼働した7年間で、気象予測による防災対策やものづくりなど、様々な解析で活用されたそうですが、その肝心な功績が紹介された記憶はあまりありません。「世界最速」の称号獲得よりも、スパコンを活用した日ごろの成果をもっと、聞きたいものです。

 此度の「富岳」には、まずはコロナウイルスに関する感染防止や、対応薬・ワクチンの開発などへの利用が期待されているそうです。三十六計にとどまらず、人々の暮らしを豊かにする三十六景も広がることを楽しみにしています。