月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

リスクがあるから面白い

音無祐作

 暖冬の影響で多くのスキー場が、予定していた期限を前倒ししてシーズンを終了しました。まだオープンしているゲレンデもありますが、この先は雪不足や雪崩の心配など、関係者の方々の苦労がしのばれます。

 冬の一番の楽しみをスキーとする私には、なんとも寂しいシーズンでした。シーズン中盤以降は、コロナウイルスへの対応に苦慮していました。食堂や休憩所の入り口に消毒スプレーを配置したり、普段は待ち時間圧縮のため定員いっぱいまで詰め込んでいたゴンドラリフトも、家族やグループ毎の少人数乗車への配慮も見られました。雪不足で、一晩中スノーマシンで雪を作り、早朝から圧雪車で平らに整地するグルーミングも大変だったことでしょう。

 若い頃行った長野のローカルなスキー場でこんなことがありました。朝にはきれいにグルーミングされたゲレンデは、折からの大雪と客の少なさもあり、あちこちフカフカの深雪状態。当時私はスノーボードを駆っており、仲間とゲレンデの隅にジャンプ台を作って遊んでおりました。

 するとリフト降り場のおじさんから「お前ら、ジャンプ台造っているだろう」と声を掛けられました。叱られるとばかりに委縮していたら、「板をスコップ代わりにしてたんじゃ大変だろう。これ貸してやる!」と、スコップを渡してくれました。驚いた私たちは、「むしろダメって禁止するところじゃないの?」と尋ねると、「そんなこと言ってたら、こんな田舎のスキー場、お客さんが来なくなっちまう。そのかわりにケガしないよう気を付けてくれよ」とのこと。以来すっかり、私たちはそのスキー場のファンになりました。

 近年、ゲレンデ外を滑走して雪崩に巻き込まれたり、立ち木に激突したりする事故が増加しています。背景には「バックカントリー(手付かずの自然が残る)スキー」のブームがあります。かつては「オフピステ」とも呼ばれた、整地されていないエリアを滑降するのです。

 古くからバックカントリースキーが盛んだった欧米の場合、きちんとしたガイドがツアー参加者の技術レベルを判定し、滑り方やコース、注意事項などをレクチャーしながら、あらかじめスタッフが調査したエリアで楽しみます。金銭的にも技術的にもハードルの高い遊び方だと、ずっと憧れの存在でした。

 日本でも北海道のニセコや富良野など、広大なエリアを持つスキー場などでは、一部のゲレンデをあえて「非圧接=オフピステ」として開放しているところもあります。海外遠征の余裕もない庶民は、せめて早起きをして、だれのシュプールも付けられていない深雪バーンを他の人の来る前に数本だけ楽しむことで、オフピステ気分を満喫したものです。

 その「非圧接」エリアが、スキー場関係者の安全配慮からか、ほとんど残されなくなっています。雑誌やメディアで「バックカントリースキーの魅力」と煽られ、用具を手にし、いざ楽しもうと思うと、日本国内ではそれを楽しむエリアがほとんど無い、結果、ロープをくぐり、禁止された「バックカントリーエリア」に飛び込む人が続くのでしょう。

 ところでこの深雪、プロの滑りを見ると簡単そうで気持ちよさそうなのですが、若干後傾姿勢のかかと荷重にしないと板の先端が浮揚せず、自在なコース取りができません。あるいは一見ふかふかの雪に見えても実は重たい湿雪だったり、表面が凍っているクラスト状態だったり、上級者でも苦労します。ましてや、立木の間を滑ったりするときなど、「あそこにぶつかっちゃいけない」と障害物を意識してしまうと、意志に反して体がそちらに吸い寄せられそうになることもあるので、非常に危険なのです。ゲレンデ内でバックカントリー気分を味わえるような、非圧接ゾーンをもう少し多く作っていただけると、危険行為の抑制につながるような気がします。

 さらにメディアには、バックカントリーの魅力だけではなく、危険性や正しい楽しみ方のレクチャーも広めていただきたいものです。もちろん私たちユーザー層も、危険や迷惑行為のリスクを把握し、安全にはコストや手間もかかるものだと認識する必要があるでしょう。

 ウィンタースポーツがすっかり廃れ、関連産業は危機的な状況かも知れませんが、そういった三位一体の努力の先にこそ、わずかながらも明るい未来が見えてくるのではないでしょうか。

 ところで偉そうな講釈をたれた私ですが、ジャンプ台を作らせてくれた件のスキー場で普通に滑っているときに、ろっ骨を折ってしまいました。幸い救護のお世話にならず、気が付いたのも旅から帰った翌日という軽傷だったのですが。認めたくない事実は若さゆえの過ちとして心に刻みながら、坐骨神経痛に悩む今もスキーを楽しんでおります。