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近視眼的な社会とマネーテロ行為

渡邊隆之

 3月12日、WHOのテドロス事務局長がようやくパンデミック宣言を出した。「中国武漢は状況が収まりつつあり、習近平氏が武漢訪問」との報道が流れて間もないタイミング。度々中国政府への忖度がマスコミ関係者から指摘されてきたが、もう子供でもとっくに異常事態を把握している。何をいまさらという感じだった。各国も個人もすでに自己防衛に入っている。中国当局による当初の疾病事実の隠蔽がなければ、こんな大事に至っていなかったのではないか。濃厚接触者にならないよう、人の行き来が減り、物資のやり取りが止まる。いつ頃終息するのかわからない中、企業も利益を上げる方法に苦労している。先行き不透明感からニューヨーク市場の株価は大きく下落し、日本市場でも多くの個人投資家は阿鼻叫喚の状態である。

 久しぶりに場中の株式取引板情報を覗いてみた。業績はよいのに、外資の信用売りでPBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業が続出。売り崩しのひどさに、世界中で余剰資金がダブついていることが容易に理解できる。場中の取引の板を見て気になったのは、外資のヘッジファンドとおぼしき者による日経平均先物とドル円を使った株価操作である。

 日経平均先物は、高速取引の取締まりが緩すぎて、秒単位でプラス、マイナスに振られ、個人投資家は判断に躊躇する。信用売りにつき、外資の資金が足りないのか日経平均先物の動きが鈍くなると、今度は、ドル円の為替操作に入り円高にシフトさせ株価を下げる操作を合わせ技に入れてくる。とても悪質である。日本の証券取引等監視委員会の取締まりもパッとしないし、経済事件について裁判所はあまり詳しい知識を持ち合わせていない。とはいえ、証券取引所という公器の中での悪辣な取引を取り締まれないというのはいかがなものか。

 今回、コロナウイルスの陰に隠れているが、筆者はむしろ原油の値下がりの方が今回の異常相場に影響を与えている気がする。OPECによる原油増産により原油価格が下がりすぎると、アメリカのシェールガス関連企業の倒産などが起こりアメリカ経済が大打撃を受けることになる。だから、ヘッジファンドがコロナで不安な心理状態のなかで暴力的ともいえる空売りを仕掛けていたのだろう。

 しかし、筆者からすればこれはマネーゲームの域を超え、“マネーテロ”なのではないかと感じる。なぜなら、過度の株価の売り崩しにより企業価値の毀損が生じ、実体経済に歪みが出て、人員整理や企業の倒産につながる。労働者の生活の安定やその企業独自のサービスが受けられなくなるからである。

 内田樹氏曰く、現代人の多くは「サル化」しているという。「今さえよければ、自分だけよければそれでいい」という人間が増えている。しかし、いくら資金や物資を独り占めできたとしても、それはこの地球の誰かの手を通して作られ運ばれてきたのである。彼らの生活が保障されなければ、やがてその品物やサービスの供給を得られなくなる。最大多数の最大幸福、長期的にみての居心地のいい社会をどうやってつくるかの方が大事なのではないか。

 「サル化」した権力者や資本家によるテロ類似の世界を揺るがす事件は多い。しかし、私は居心地のいい社会を守り次の世代に引き継ぐ側の「人間」でいたいと思うひとりである。