月刊ライフビジョン | ビジネスフロント

コロナウイルス19の奇貨

渡邊隆之

 中国武漢の新型ウイルスがニュースに登場し始めたのは2019年12月。数日後薬局を覗くと、すでにマスク売場は品切状態。次の入荷は未定。アルコール消毒液で対応可とのニュースが流れると、今度はアルコール消毒液が品切れに。薬局も知恵を絞ってか、うがい薬の特設コーナーが新設されていた。ネットでは悪質な業者が高額転売を試みて、マスクの価格が通常の20倍程度になったりしていた。

 今回の騒動で、2011年の東日本大震災のことを思い出した。当時筆者は横浜市内の大手スーパーの従業員で、顧客対応の部署にいた。あのときは福島第一原発の爆発で、飲料水が放射能に汚染された可能性があるなどの風評が立っていた。売場にはペットボトルの飲料水を求めて買物カートを走らせる客が溢れて、パニック状態になっていた。停電を見越して菓子パンの棚もカラッポ。本社との通信手段も途絶えていたため、店の管理職の多くは思考停止を来たして指示待ち状態にあった。ヒラ社員の筆者はしかたなく、自分の携帯電話で震源地や店舗周辺情報を入手し、拡声器を持って店舗内外のパトロールと顧客への情報提供に努めていたと記憶している。

 人は、平常時には危険に対する感度が低い。しかし非常事態になると、どれが正しい情報かわからずパニックに陥ることがある。だから人が集まる店舗などでは、現在の正しい状況と有効と思しき対策をアナウンスすることが大切となる。

 スーパーの現場にいた筆者が総務担当の上司から言われていたのは、「災害時にはまず自分の身を守れ」ということだった。店舗で適切な指示を出す者が死亡や重症となった場合、その空間に居合わせる大多数の人々の生命を左右することになるからである。

 その観点から考えるに、今回はクルーズ船での対応では気になる点がいくつかある。

 まず、船舶については最終的な責任は船舶所有者にある。航海中は乗客やその荷物の安全に責任を負うのは船長である。船舶には旅客名簿を備えているはずなので、まずは国籍ごとに、大使館経由で自国民を帰還させる措置をとらせるべきだったと思う。乗客としても情報が遮断される時間が減り、心理的・身体的負担が減る。国民の生命・身体・財産を守るのは本来、帰属するその国家に責任がある。船内にとどまる人数が減ることで、感染リスクを低減させることにもなる。

 次に、乗組員・検疫官・医療従事者など専門家の身の安全の確保である。彼らの安全が担保されなければ厳しい環境下で迅速適切な対応ができず、多くの生命財産を救えない。さらに、国民や関係者への正確な情報提供である。

 今回の政府の対応は、人命確保の点からはあまり褒められなかった。クルーズ船ではなすすべもなく、長期封じ込めをされていた乗客の情報を知る度に、政治レベルで長らく問題が放置されてきた少子高齢化や貧困格差拡大問題とダブって見えた。何も対策が取られていない。

 今回の騒動で予定がキャンセルになった方も多いと思う。せっかくなので栄養と睡眠をとり、免疫力を高めていま何が必要か、誰がそのような仕事を担えるのかをじっくり考える奇貨としてはどうだろう。