週刊RO通信

「表現の不自由展・その後」の成功!!

NO.1316

 文化の秋である。立秋を過ぎたとはいえ残・酷暑のさなかではあるが、「あいちトリエンナーレ2019」(愛知県主催)の「表現の不自由展・その後」の中止について、考えたことを少し書き残しておきたい。

 イタリア語toriennale(3年に1度)という、美術展の「表現の不自由展・その後」の企画がオープン早々中止に追い込まれた。8月16日、愛知県の検証委員会が開かれ、有識者が意見を述べ合った。今後フォーラムを開催するなど、企画展の在り方や運営態勢の課題を洗い出すそうだ。

 結論からいうと、「表現の不自由展・その後」の企画は狙い通りに成功した。わが社会の現状は、表現が不自由になっていることを見事に浮き彫りにしたからである。企画を生んだ問題意識は正しかった。

 芸術(art)とは、材料・技術・身体などを駆使して、鑑賞的価値を創出する人間の活動および所産である。主として、絵画、彫刻、工芸、建築、詩、音楽、舞踊などのジャンルで創作される。

 芸術至上主義という言葉がある。フランスのV・クーザン(1792~1867)が19世紀半ばに、(芸術は)「芸術のための芸術」であるべきと主張した。芸術はそれ自身のために存在し、道徳や政治など他の何ものにも制約されるべきではないとした。これに対してL・トルストイ(1828~1910)らは、「芸術は人生に有益であってこそ意義がある」という立場を提唱した。

 しかし、「芸術のための芸術」の芸術とはなんぞやと考えてみると、芸術の絶対的基準が難しい。「人生に有益」というのも、あらゆる人生に正解がないのだから、逆にいえばすべてが有益であり、無益である。

 かくして、「芸術は長く人生は短い」(Ars longa, vita brevis)という言葉が、わかったようなわからないようでありながら、深遠にして、ありがたい心地がしてくる。

 P・セザンヌ(1839~1906)は、最初、「子どものように下手」であると嘲笑された。V・ゴッホ(1853~1890)は、生きている間は1点しか売れなかった。死後有名になって作品に超破格の価格がついても、「ゴッホの作品は複製のほうがよい」とやっつけた評論家がいたそうである。

 20世紀に入って、芸術世界は急激に変化する。いわく、印象主義、後期印象主義、フォービズム(野獣派)、キュビスム(立体派)、表現主義、抽象主義、構成主義、フュチュリスム(未来派)、シュプレマティスム(絶対主義)、ダダイズム、シュルレアリスム(超現実主義)、新造形主義、ピュリスム(純粋主義)など、百花繚乱、百花斉放、群雄割拠の大パレードである。

 ダダイムズのK・シュヴィッタース(1887~1948)は、使用済み電車切符、電話帳の切れ端、古新聞、拾った紙切れなど様々の廃品でコラージュをものにした。「わたしの吐き出すものはすべて芸術だ。なぜならわたしは芸術家だからだ」と喝破した。20世紀は芸術の大衆化時代でもあった。

 J・マリタン(1882~1973)は、「芸術活動は人間と外界の関係である」と主張した。これまた抽象的であるけれども、トルストイのいう「人生のための芸術」と重なるようでもある。哲学者・三木清(1897~1945)は、「日常生活の達人たれ」と主張したが、「人生のための芸術」とは、要するに「人生を芸術する」意義であると考えられよう。

 20世紀に新たな芸術が輩出したのは、いわば、既存芸術に対する挑戦であり反抗であった。新しい芸術は、現状に対する懐疑や、こうありたいという地平に向かって発現される。既存芸術に対する挑戦・反抗は少数の理解者を得るが、多数派の怒りを買いやすい。これ、歴史的体験である。

 芸術家には、社会に認められた芸術家と、歴史を作っていく芸術家の2つの区分ができる。歴史を作る芸術家は、時代の先見的なレーダーである。直ぐに多数派の理解が得られなくても、彼らの掌握した社会の動向が的確ならば、やがて彼らの芸術は社会を動かす。

 「表現の不自由展・その後」の作品に、「プロパガンダ(主義・思想)を感じる」という見解がある。歴史を作る芸術家が挑戦しているのは、時代を切り取ってみせようというのだから、主義・思想を芸術している。かくして社会において、表現の不自由を推進する主義・思想と衝突したのである。