論 考

大名行列

 昔の話だ。社員5万人の会社で、社長が事業所へ来る予定が決まると、とくに工場内部の美化作業が始まる。通路のペンキを塗り直すとか、大々的に整理整頓がおこなわれる。

 事業所がしっかりやっていて、いいところを見てもらいたい。その気持ちはわかるし、ひごろ乱雑になっているところが改善されるという利点がある。ただし、社長には現実が隠される。

 しかも社長の工場視察となれば大名行列であって、物々しい限りだ。

 新社長にインタビューする機会が実現し、カメラマン(外部のプロ)を同行して出かけた。

 新社長は現場主義を唱えていることで知られていた。1時間の予定が、社長と妙にウマがあって、本社近くのうなぎ屋からうな重を取り寄せ、ランチをはさんで2時間に及んだ。

 調子に乗って、わたしはいくつか提案をした。「大名行列を止めてください」。社長の反応は上等だった。「わたしもそう考えています」

 半年後、社長以下重役のみなさんと組合役員の懇親会があった。社長がわたしの席へ来て、「大名行列は止めたが、どうしても1人にしてくれない」。事業所の所長と副所長の3人がくっついてくる。

 社長は1人で現場を回りたい。旋盤を使っている社員と気軽に話したい。わたしが、「事業所の3役は、それが心配で! 監視したいわけでしょう」と応じて2人で大笑いした。

 首相が地方へ出かけると、これまた、ド派手な大名行列だ。そればかりか、選挙遊説で、道警がヤジを飛ばした「国民さま」を排除した。小さな事件に思えるかもしれないが、これが、わがパブリック・サーバントのスタイルだ。

 敬愛する社長が亡くなって久しい。士族の家系であったが、社内民主主義を大事にされた。懐かしい。