論 考

丁半博打的政治を止めさせたい

 小選挙区制度は、鳩山一郎内閣(1954.12.10~56.12.23)が、1956年3月の通常国会に上程したのがハシリである。これは露骨に自民党現職議員に有利なように区割りが作られていた。

 院内では野党社会党の反対論は少数派であったが、労働組合・学生団体の大衆行動が活発化し、ついには賛成派であった財界団体や新聞も批判の声を上げ、審議未了で葬り去られた。

 これは、区割り問題がとくに批判されたのであるが、死票がたくさん出て、多数党有利になるという本質的な問題が当時も指摘されていた。

 小選挙区制は二大政党が前提である。少数党は生き残りにくい。逆にいえば、国民の政治に対する見解がおおむねまとまっている政治状況を前提としている。

 小選挙区制を導入した最初の衆議院議員選挙は1996年だった。当時は、決められない政治という苛々感が漂っていた。しかし、決められないのは、それなりに少数意見が認められていたのである。

 小選挙区制では、この間、現実に53%の死票が出ている。選挙区によっては70~80%もある。これでは、選挙が丁半博打みたいである。

 賭博勝負に勝った連中が好き放題の政治をやる。これが日本政治の偽らざる実態である。