論 考

労働の哲学

 せっかくの賃金交渉の時期だから、賃金交渉自体もだが、働くことの意義を労使間で話し合ってほしい。

 働くことは何かを生産するのである。生産は大きくいえば社会の有益になるからこそ意義がある。

 しかし、働く個々人にとって、働く行為が、ただ生活費を獲得するためだけであったら、それは本人の主体的な労働ではない。

 儲けることだけに目的化した経営(働き方)は、その典型例である。

 資本主義の仕組み上、利潤を考えない経営はできないが、一方、愉快に働くとはどういうことかについて、労使が1つずつ合意を作っていくならば、大きな限界があるとしても、足元を固められるであろう。

 労働組合のみなさんには、労働の哲学、とくに「疎外論」の今日的研究に挑戦してもらいたい。