日々道楽

政治にギャングもどきが登場した場合

 ギャングの親分同士は、平常時は握手して肩をたたき合い、しばしば抱き合うくらいの親密ぶりを演技する。鷹揚な態度であるから、何も知らない人が見れば、大人物風なのだ。

 ところが場面一転して、双方不都合が発生すると、あらんかぎり知る限りの豊富な罵詈雑言の知識を披瀝して、お互いに罵り合う。

 トランプ氏が、退役陸軍大将マクリスタル氏を(オバマ時代に)「犬のように首にされた」とツイートした。

 マクリスタル氏がインタビューで、「トランプ氏が非道徳的だと思うか」と問われたのに対して「そう思う」と応じたことに対する報復である。

 犬には失礼かもしれぬが、人を犬呼ばわりするのはまるでギャングの親分みたいである。

 「紳士のいでたちの人は多いが、紳士は少ない」し、「紳士の恰好をしていても他者をぶん殴る」ことはあるけれども、これは品性下劣な発言だ。

 朝日社説(1/3)は、「米国の民主主義が傷ついた」と書いたが、マクリスタル氏に限らず、政府高官が堂々と思うところを発言するのを仄聞すると、どっこい、そうはいかんぞという人々のデモクラシー精神が健在だと、わたしは思う。

 民主主義という制度は傷つかない。制度なのだから。傷つくのは人々においてである。しかし、権力者がけしからん場合に、堂々とやり返す。これ、民主主義が健在なのである。