論 考

国民投票の難しさ

 イギリスでは、Brexitを巡って、再び国民投票する可能性が取り沙汰されている。

 2016年6月の国民投票が僅差であった。しかも議会はEU残留派が多数で、産業界も離脱するにしても穏当なプロセスを望んでいる。

 強硬離脱を煽り立てた人々の主導権は、投票に際して彼らが嘘の宣伝をしたこともあって、完全にメイ首相に移ったはずであった。

 ところが、ここへきて議会は、もっと有利な離脱条件を期待する向きがあり、メイ首相の提案が否決されそうなので、採決を延期した。

 しかし、EU側はすでに最終案としてメイ首相と合意したのだから、譲歩する可能性は少ない。

 とすれば、英国としては、合意なしの強硬離脱をやるか、離脱期限を延長してさらに議会で審議を積み重ねるかの2つということになるが、前者はリスクが大きすぎるし、後者は、煮詰まる論拠があるかどうか怪しい。

 なにしろ国民投票以後、2年以上、議論を煮詰められなかったからである。

 そこで、議論してもだめなら、もう一度国民投票をやろうという声が出てきても不思議ではない。

 たとえば労働党の多数はEU残留派である。しかし、コービン党首が離脱派である。ここだけ見ると、国民投票をやれば、Brexitは、騒動以前へ、つまりEU残留という結果になる。

 国民投票で離脱を決めたが、その方向では行き詰ったから、再度国民投票で民意を問うという流れになるわけだ。

 実際、国民投票になるかどうか、目下は混とんとしているが、経過からいうならば、先の国民投票が「その時期にあらず」であったわけで、その前に、もっと議会で議論を高めておくべきだったという教訓を汲み取れる。

 これ、よその国の話と片付けられない。