週刊RO通信

アメリカの破壊について考える

NO.1262

 トランプ大統領の登場は、かなり漫画チックであった。本人が、単純かつ誇張を身上として、虚実ない交ぜ。ある種の人々の期待を煽り立てる作戦だから、自分と無関係だと思えば、低俗な政治コメディのタッチである。

 トランプ当選は、カスケード現象みたいだった。微小な外部からの信号が引き金となって、調節物質群が順次連鎖的に活性化し、信号が増幅される現象である。当選自体が「アメリカは病んでいる」ことを意味していた。

 「アメリカ・ファースト」「バイ・アメリカ」「ハイア・アメリカ」の3点が公約の柱だ。品のないコメディアンみたいだと高を括っていると危険だと指摘したが、まさにその通りになった。

 当選したのだから、公約を一気呵成に推進する。副作用があろうが、そのために世界の交易・経済がどうなろうが、知ったこっちゃない。「わたしはアメリカ大統領」であって、アメリカ一途に驀進するという心意気である。

 彼は忘れられた白人労働者の守護神を気取る。本当だろうか? 既存のエスタブリッシュメントがヘマをやらかした。しかし、正確にいえば彼もまたエスタブリッシュメントの1人であって、被支配層ではない。

 いわば支配階層内部のクーデターを起こしたのである。つまり、彼が守ろうとしたのは、彼が批判したエスタブリッシュメントが守りたいものと同じであって、被支配層に結構な贈り物をするためではない。

 アメリカの成功はメリトクラシー(meritocracy)によるもので、同時にそれが今日のアメリカの病気の根源である。メリトクラシーは「人の評価は、身分・家柄などではなく、本人の知能・努力・業績による」とし、そのような社会を構想する。アメリカン・ドリームを理屈づけすればこうなる。

 1776年7月4日の、いわゆる「独立宣言」には――われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命・自由および幸福の追求の含まれることを信ずる――とある。T・ジェファーソン起草による「アメリカ人の精神」として、世界の人権宣言においても高く評価されている。

 独立宣言によれば、すべての人は「平等」というのが基盤であり、格調高く述べられているのであるが、現実は、生命・自由および幸福の追求が第一である。だからアメリカは世界一の格差大国でもある。

 メリトクラシーの問題は、勝ち残ったと思い込む人間が、自分の重要性を実力以上に過信してしまうことである。一方、他の人々が知能・努力不十分だから業績に貢献しないと決め付けてしまう傾向が強い。

 「成功者vs非成功者」という対置ならば許容範囲だとしても、「成功者=善」「非成功者=悪」というような気風が発生すると見過ごすわけにはいかない。ブラック企業やパワハラの背景がこれである。

 アメリカなる国はメイフラワー号で新天地をめざした人々に始まり、西部開拓史から以降は常に外へ外へと拡張した。第二次世界大戦後は経済力と科学技術をもって世界に君臨した。他国もまた、それに倣ったといえる。

 富も科学も独占できない。アメリカが駆使した手練手管が、あたかもブーメランのように戻ってきている。トランプの偉大!? なところは、だから「問答無用」でアメリカ・ファーストをやるというのである。

 トランプ的クーデターが成功した理由は、「貧困」である。目立たないが貧困こそが本当の主役として世界大国アメリカを揺さぶっている。アメリカ・ファーストは本当の問題から目を逸らそうとするアジテーションである。

 かくして、アメリカの敵は「アメリカを除くすべての国」だという理屈になる。紆余曲折、一歩前進・二歩後退を繰り返しつつも、世界の国々が安定した世界を作ろうとして苦心惨憺してきた。

 いま、トランプのホワイトハウスがやっていることは、過去の努力を足蹴にすることに他ならず、歴史の歯車を逆転させようとする。権力の座に就く人が、人間としての倫理・道徳を踏まえているかどうかは極めて重大だ。

 トランプのホワイトハウスも酷いが、安倍的政府も負けていない。外遊の数は多いが、いったい、日本がどんな進路をめざすのか? 帽子を替えて、じっくりと考えたい。このままでは、日本の破壊が心配だ。