論 考

教養人としての庭師

もう10年以上前になるが、モンゴルの植樹チームに加えてもらった。場所はゴビ沙漠である。

 60代後半の佐藤さんという本職造園業の庭師が技術指導をしつつ、石ころ混じりの固い大地に、小型パワーシャベルで1mほどの穴を掘っていく。

 パワーシャベル自体が跳ねたり踊ったりするから、佐藤さんも跳ねたり踊ったりする。無駄なく、てきぱきと次々に掘削を進められる。

 プロというのはこういうものかと驚きつつ敬服し低頭するしかなかった。

 活動が終わって同じテントで造園のお話を聞く。これがまた抜群に含蓄のあるお話であった。

 何トンもある庭石の配置が10㎝ほど気に入らないのでやり直す。大きな庭石でも、地上にほんのわずかしか出さない場合もある。素人としては唸るばかりであった。

 極め付けがこれだ。「庭師が本当に仕事できるのは60歳からだ」。

 庭師はもちろん徹底的な専門家であるが、勉強に限りがない。名庭園など見学して研究するのは当然で、お茶、お花、日本文化というものを片っ端から勉強される。

 最近、リベラル・アーツのあり方が種々論議されているが、佐藤さんはすでにそれを実践中であった。

 国会で働き方改革関連法案が論じられている。政治家諸君にぜひ聞かせたいプロの働き方なのである。

 ちょっと気合が抜けそうなとき、わたしは、いつもこの至言を口ずさむ。