論 考

まるで国会議員の叩き売り

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 高市記者会見は、本質において品位がない。本日の社説は、与党御用達新聞を除いて、いずれの新聞も、解散は「大義がみえない」(日経)、「首相の独りよがり」(毎日)、「首相の自己都合」(朝日)と、解散の不当性を主張した。

 昔、大道商人が台を叩きながら大声疾呼してバナナを売る。なかなか売れないので次第に値を下げて客の気を引こうとする。「さあ、買った買った、張って悪いが親父の頭、貼らねば食われぬ提灯屋」などと、調子を付けて盛り上げた。面白く、しかし、なにやらふっとわびしさが込み上げる。

 政策推進には、与党が過半数取らねばならぬというのが高市商人の狙いである。しかし、議員はバナナではない。与野党問わず、議員は国の政策を議論するのであって、束で考えるのはおつむが単純、大政治家としてお粗末の極みだ。

 首相による解散は、立法の議員の値打ちを突き崩す、三権分立の否定に通ずることを忘れてもらっては困る。昔から、自民党には、「選挙で多数を獲得したのだから自由にやらせてもらいたい」という多数決を根本から取り違えた考えが強くある。戦後間もない時期の政治家でもあるまいに、いまだ、多数派の自由論がまかり通るのは、いかに自民党の頭が古いか露呈している。

 ここで、自民党にアンチテーゼを引っ提げて勝負に挑むのが立民プラス公明の中道勢力だが、どうもアピールのエンジンが、小馬力なのか出足が鈍いのか、迫力を欠いている。

 なるほど、綱領は整理整頓されている。しかし、まるで優等生の答案みたいなもので、これを読んで膝を打つ人はいないだろう。大道商人には大道勢力で対抗せよというのはダジャレだが、相手が下品だからといって、上品にやれば対比が目立つというものでもない。

 首相は、議会のあり方がわかっているのか。三権分立をなんと心得ているのか。トランプモードで、民主主義に背馳してはならない。われこそは、わが民主主義の旗手たらん、という気迫、意気込みを打ち出してもらいたい。

 野田氏、斎藤氏、どちらも温厚な紳士ではあろう。かつて、貴族は日ごろ優美にやっているが、一朝ことあれば、命を捨てることも恐れず突進した。中道連合はもっと温度を上げねばならない。

 「始めは処女の如く、敵人戸を開くや、後は脱兎の如くせば、敵は拒(ふせ)ぐに及ばず」(孫氏)という。Dull partyではいかん。品のない解散を批判するだけではなく、ここ一番の踏ん張りを注目する。