筆者 高井潔司(たかい・きよし)
『南洋標本館』(葉山博子 早川書房)という小説を読んだ。ふだん小説は読まないのだが、たまにはと、新聞の「エンタテイメント小説批評」欄でタイトルの出ていた数冊を、近くの図書館の蔵書検索にかけてみた。その結果、この一冊のみが所蔵されていたのでリクエストした。だが、数か月の予約待ち。タイトルさえ忘れたころに、図書館から「準備できました」との連絡が入った。
小説は南洋の植物を研究する二人の研究者の友情物語だった。ただし時代は、大正から終戦時、舞台は日本の植民地台湾と日本軍占領下のインドネシアだった。南洋のジャングルに分け入り植物研究にまい進したいふたりだが、否応なく当時の政治の波に洗われる。ネタバレになってお叱りを受けるかもしれないが、日本、台湾、中国大陸の複雑な歴史を振り返るために、ざっとあらすじを紹介したい。
主人公の一人、劉偉は清王朝が日清戦争に敗れ日本に台湾を割譲する時、台湾の独立を試みた台湾民主国の闘士を父に持つ。幼少期、その父は日本によって処刑される。その後、日本の台湾総督府と関係の深い台湾の富豪の養子となり、陳永豊と改名した。義父の教育支援もあって成績は抜群だったが、小学校は台湾人だけの公学校だった。大正11年、総督府は初等以上の学校の隔離を解除し、陳は本島人(台湾人)として初めて総督府高等学校尋常科に入学した、そこで生涯の友人、生田琴司と知り合う。
生田は、父親が総督府の官吏だが、台湾生まれの内地人(日本人)だった。日本統治下、台湾人も日本籍に組み込まれるが、内地人と本島人の差別が厳然とあった。本島人はいくら優秀でも、官庁や大学でも正規の職には着けず、雇員扱いだった。同じ内地人でも、短期間台湾に駐在して帰国する上級官吏と、内地で食い詰め台湾に渡った日本人との間でも差別があった。生田は台湾生まれで体も小さく、内地人エリートの子息からいじめられ、本島人の陳とかばいあう仲間となった。
陳は義父たちの支援と期待を背に、東京帝国大学医学部に入学した。医師ならばそれほどの差別はないだろうとの本島人共有の想いだった。一方、野心のない生田は父親の期待に反し、台北帝国大学にとどまり、植物学者を目指した。陳は東京での厳しい学業生活と台湾人に対する差別に悩まされ、目標を失い、退学寸前に追いこまれた。何とか、もともと自身の望みだった植物学者を目指し、農学部に転じた。東京帝国大学を卒業し、台湾にもどった陳だが、やはり本島人として、植物園の嘱託技師の地位しか与えられなかった。やがて義父の企業は日本人に乗っ取られ、没落した。さらに追い打ちをかけたのが、実父の経歴だった。総督府の公安は台湾独立運動の闘士の息子の動向を常に監視する。そこに陳の養子縁組を仲介した男から手紙が届く。男は父親の処刑を見届けた台湾人通訳だったが、その後、大陸に渡り、蒋介石の重慶政府の幹部となって日本軍と戦っていた。手紙は大陸に渡って実の父の遺志を継ぎ日本軍と戦おうという呼びかけだった。当然、この手紙は公安に読まれ、その後届く手紙はすべて公安のところで留めおかれた。陳は公安の監視の下に置かれた。
転機となったのは、日本のインドネシア(蘭印オランダ領)の占領。生田の上司が司政長官として赴任するのに伴い、生田の口添えもあって、陳は日本陸軍嘱託の技師として、永山という姓を名乗り、ジャワの植物園に赴任する。差別と偏見の経験を持つ本島人の経験から、現地では現地人への同情と支援に努めたが、一方では日本軍の軍属として命令によって、時に統治者側の立場から現地人を厳しく当たることもあった。
そして敗戦。永山はオランダ軍によって逮捕され戦犯として裁判にかけられる。一方の生田は、中国軍に接収されたものの、公式語となった中国語のわからぬ教師と学生ばかりの台北帝国大学にしばらく留用される。父も亡くなり、やがて全く足場のない日本への帰国を強いられる。
その後の彼らの運命とは? ぜひ本書を読んで頂きたい。本書には、この歴史に翻弄された二人の、さまざまな場面での心の葛藤がいきいきと描かれていて、おすすめの本だ。
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延々とあらすじの紹介となってしまったが、この地域をめぐる複雑な歴史とその時代を生きた人々の苦闘の日々を少しでも理解して頂きたいと考えたからだ。その中で、いとも簡単に台湾有事は日本にとって存立危機に当たるなどと言ってのけ、地域の緊張を煽る高市発言とそれを擁護する日本のマスコミ世論の傲慢さを指摘したかったからだ。
そもそも当事者の台湾はどう考えているのか、日本のマスコミは全く取り上げていないではないか。そう思いながらこの本を読んでいたら、フェイスブックで、台湾在住恐らく50年近い台湾専門家の友人、早田健文さんの投稿に出くわした。
早田さんの投稿は、「台湾と中国の間では何もないのに、余計なことをしてくれて迷惑だ」という台湾の若者の言葉から始まる。そして、本題に入る。
「2025年11月7日に国会で行われた、高市早苗首相のいわゆる『台湾有事』に関する発言に端を発して、日本と中国との関係に大きな波紋が起きている。冒頭に取り上げた言葉は、日本に留学している台湾のある20歳代のノンポリ大学生によるものだ。台湾の若者の意見も多様だが、こうした意見があることも事実だ。この騒動で、日本ではどうも当事者である台湾を置いてきぼりにして議論されている感が強い。台湾ではこの騒動がどう見られているのか、日本であまり議論されていないようだ。一方で、台湾はこの事態を、他人事のように見ており、当事者意識は薄い」
その上で早田さんは「日本では、中国の脅威にさらされ、あるいは中国にいじめられているが、台湾はけなげに抵抗している、というイメージが強い。台湾が親日的、中国が反日的であるとのイメージが強いこともあって、近年、反中感情が高まる日本では、台湾に好感を持つ人が多い。それは、台湾を対象とする研究や報道の多くにも見られる状況だ。だが、そのイメージは台湾の一面に過ぎず、台湾には中国との関係改善、発展を目指す人々も少なくない。しかし、日本からそうした台湾のいわゆる「親中」的な部分を見る時、反中勢力は善、親中勢力は悪、などといった前提で議論されることが多い。しかしそれでは、台湾の現状を正確に理解することができない」と説く。詳しい早田氏の分析は以下のサイトでご覧頂くとして、そもそも台湾の国会に当たる立法院では、台湾独立を標榜する民進党は少数与党であり、大陸との共存、友好関係を維持しようという野党が多数を占めていることを忘れてはなるまい。台湾有事を口にしたら、日中関係がおかしくなるだけでなく、台湾内部にも亀裂が生じるのだ。
https://sinology-initiative.com/politics/3049/
ちなみに12日付朝日新聞のオピニオン欄に台湾出身の作家、一青妙さんの「議論の主語が『台湾』になっていないと感じています」というコメントが掲載されていた。
なお、この小説は巻末に小説としては異例の参考文献がいくつも掲げられており、モデルとなる人物があったようだ。
