論 考

問題の政権を覆す戦略を探る

筆者 新妻健治(にいづま けんじ)

高市政権に抗する

 私は、前回の論考「高市政権を巡る問題」(10/30)において、高市政権は高市氏自身の我執による権力獲得を旨としているという意味で、「虚構の人」の政権だと提起した。そして、彼女は、権力獲得の手段として、「保守」を掲げつつも、その本質とは相違する極右扇動的な手法により、大衆の感情に迎合して支持を獲得し、社会的な分極・分断をもたらしていることも含め、高市政権には問題があると指摘した。

 この論考について、奥井禮喜氏は週刊RO通信no.1641で次のような主張を展開した。――この問題政権に対して、それを覆す側に立つべき野党は、本来「衆目の一致する鏡」(現政権に対しての批判すべき論点)をもって、対立軸(アンチテーゼ)を明らかにすべきだ。しかし、その野党は、この対立軸に共感しない人びとを惹きつけるという思惑からなのか、それを隠ぺいし、「穏健、中道、リベラル」などという抽象に抽象を重ねた自己規定を打ち出している。これでは、問題ある政権を覆すことはできない。

自由民主党の本質とは何か

 対立軸を明らかにすることとは、対抗すべき相手の本質を明らかにしてこそ、その出発点に立てると、私は考える。ゆえに、敗戦後、二度の下野を経験しつつも、超長期にわたって政権を握り続けてきた自由民主党の本質と、それがもたらす国民にとっての問題とは何かを、明らかにしなければならない。

 自民党は、1955年、新憲法を拠り所とし、平和主義と現実主義的路線を選択する自由党と、憲法改正および軍備強化に積極的な、国家主義・権威主義をめざす民主党が、政治的路線を異にしつつも、左右社会党の統一による革新勢力の攻勢に対抗し、既得権益ならびに権力保持のために、合併して結成された。

 ゆえに、労働者を支持基盤とする社会党に対抗し、広範な国民を対象とするという意味で国民政党を標榜し、高度経済成長とともに、経済と国民の幸せを結び付ける言説をもって、経済重視による覇権を形成していった。

 しかし、その実質は、「鉄と米の同盟」や「政官財の鉄のトライアングル」と称されたように、国民政党とは言い難い、経済価値と権力保持を均衡させる恩顧政治・利益誘導型政治であったし、彼らの金権体質の源はここにある。

 日本経済の停滞と軌を一にして、自民党の支持基盤は後退していく。しかし、その劣勢を留まらせたのは、90年代初頭の政治改革にある。野党は、金権政治打破と政権交代可能な選挙制度を目論むが、期待通りにはいかなかった。この政治改革により小選挙区制が採用された。小選挙区制(小選挙区比例代表並立制)は、得票以上に議席を配分する機能を有している。

 自民党は、公明党との連立を実現し、経済重視の路線で都市部での支持を得て、その後の政権保持を可能としていった。

 また、この制度改革は、自民党の集権的な党運営を可能とし、派閥による政策の振幅を縮小させた。「小さな政府」「規制緩和」と、新自由主義路線を邁進し、国民の経済格差の拡大を無視した経済重視、政権運営の枠組みと政策の融通無碍さを発揮しつつ、権力を保持することに成功した。

 私は、自民党の本質の問題の極みは、安倍政権が体現したと考える。まず、経済重視の「アベノミクス」は、異次元の無謀な金融緩和を続け、大企業と富裕層に莫大な恩恵をもたらした。成長の果実の分配である「トリクルダウン」理論は虚言に終わった。

 金融緩和がもたらした円安は、物価高を招き国民生活を未曾有に疲弊させてきた。異次元の金融緩和は、出口を失い、放漫財政により、国債の引き受け手を失いつつある。長期金利が上がり、国家財政は崖っぷちにある。

 安倍氏は、政権保持のためには手段を選ばない。彼は、保守的思想を喧伝する統一教会と、国民の被害を蔑ろにして癒着してきた。さらには、社会的分断を助長する右翼・極右の支持獲得へも踏み込んでいく。このようなことが、自民党結党以来の国家主義・権威主義の勢力を顕現させ、国是とも言える「民主主義・平和主義」を蔑ろにする復古的な憲法改正までも、前面で訴えるようになる。甚だしいのは権力保持のための政治の私物化であって、その問題はいまだ尾を引いて、国民に極度の政治不信をもたらしている。

 このような自民党の敗戦後の歩みを総括すると、その本質は国民政党どころか、徹底的に国民不在である。詰まるところ、自民党とは、政党とは名ばかりの、国民不在の権力保持のための選挙互助会であり、国家主義・権威主義が体質である。したがって自民党は、国民にとって危険な存在であると言わざるを得ない。

 高市政権は、この間の総括をするどころか、安倍政権を継承する。「責任ある積極財政」という詭弁がもたらしているのは、財政不安であり、早速に超円安とインフレを助長し、国民生活の疲弊が深まる一方である。

 挙句、安保法制における「存立危機事態」を、台湾有事と結びつけるという威勢のよい発言は、国民に危機をもたらしかねない驚愕の発言であり、総理の資質が欠落している。内閣支持率が高い現象は、高市政権の危険性がわかっていないのであって、日本政治の今後を危ぶまずにはいられない。

政治学者ムフの問題提起

 奥井氏の問題提起から、その関連を想起した、シャンタル・ムフ(政治思想家、1943生)の問題提起を、不完全ながら紹介したい。(*1)

 90年代後半から、経済のグローバル化が加速し、新自由主義が覇権を握っていった欧州では、「ポストデモクラシー」と称される、政治の経済主義化と少数支配が横行していった。しかし、リーマンショック(2008)からの経済危機以降、新自由主義による社会問題が噴出し、多様で民主的な諸要求を表出する対抗運動が、盛り上がりを見せている。

 ムフは、この事態を、既存の政治体制に不信を痛感する民衆が政治の主権を取り戻そうとしている契機だとして、「ポピュリスト・モメント」と称する。それは、新自由主義の覇権により侵食された、「人民主権(被支配層の主権という意味)・平等」を取り戻すことができる、新たな覇権の確立の契機なのだという。

 その新たな覇権確立のためのムフの戦略目標は、民主主義の回復と深化にある。その戦略とは、まず、対立や敵対性を民主主義の本質として肯定する。ムフは、この対立や敵対性という構造においてこそ、「われわれ/彼ら」というアイデンティティが形成され、この敵対性を政治的対抗者として昇華(尊重し合う関係)させることで、政治闘争のフロンティアを開き、民主主義を機能させ、共通の政治的意志を持つ、新たな覇権形成の主体としての人民を創出することができるのだという。(闘技的デモクラシー)

 また、その下位戦略とは、新自由主義の覇権のもと、それに抗する多様で民主的な諸要求を表出する社会運動を、その多元性を保持しつつ、「人民主権・平等」の回復という共通の政治意志のもとで、節合するところにあるのだという。

労働組合の運動戦略と政治

 民主主義が蔑ろにされ、平和が維持されなければ、労働組合も、現在の組合活動程度どころの話ではない。これは戦前の歴史が証明している。ゆえに、労働組合は、このような危機をもたらす現政権に対し、自らの存在意義をかけた運動論の創造と実践に踏み出し、社会的責任を果たすべきではないだろうか。目下の沈黙や、政権への同調的態度は、極めて無責任だ。

 このような事態にあって、労働組合が、労働者ないしは帰属する産業に係る政策を実現するという建前のもとで、組織内議員や推薦議員の選挙活動をする次元では、労働組合の存在意義も社会的責任も、真には果たせない。

 奥井氏とムフの問題提起を、労働組合の立場で受け止めれば、私は、労働組合が、その運動をもって、問題の現政権を覆す主体を形成する、最も有力な立場に在ると考える。私は、これまで何度か、論文や論考を通じて、労働組合が、社会を善くする多様な社会運動の「触媒」や運動相互の「結節点」となることを組織戦略として、そこに運動資源(組員の参加関与)を投入することで運動を展開し、社会的責任を果たせと提起してきた。

 現政権(覇権を握る自民党)に対して、それを覆す側の野党は、対立軸を確立せよとの問題提起から、ムフの新たな覇権形成の戦略・下位戦略を踏まえ、私の提起してきた組織戦略を重ね合わせれば、真にその存在意義と社会的責任を果たすことを可能とする運動論が創造できるのではないかと考えてみた。

さいごに

 無論、この問題事態の克服の課題は、この程度の試論に留まるはずはない。ムフは、覇権形成とはどのようなことかを論じているが、紙幅上で割愛した。また、ポピュリスティックな社会情勢において盛り上がる覇権形成には、持続可能性という問題がある。戦略目標を、民主主義の回復と深化とするも、民主主義の根源的な基盤は個人主義にあり、国民一人ひとりの生き方にかかっている。そのうえで、国民の民主的な成熟と再生産も含めて、どうすべきか考えねばならない。

 労働組合の衰微の問題は、言うまでもない。不足を挙げれば際限が無いが、問題提起と学びから着想を得て考えたことを形にし、今後の思索の踏み台にしたいと、この論考をしたためてみた。                       

<参考文献・注釈>

*1 『左派ポピュリズムのために』 シャンタル・ムフ 山本圭/塩田潤訳 明石書店 2019年

 ・この著作は、欧州において戦後に形成された「社会-民主主義」の覇権が、後の新自由主義の覇権形成の攻勢に対し、「階級本質主義」を捨てきれず、それに抗することができないまま、「第三の道」として、「社会-自由主義」に変質してしまった経過を、覇権形成の理論として再構成したものだ。

 ・ムフは、「ポピュリスト・モメント」(本文参照)とは、新たな覇権形成の契機だとして、「社会-民主主義」勢力(左派)に対して、民主主義の根源化(闘技的デモクラシーによる)を旨とした、ポピュリスティックな覇権形成の戦略を提起した。