NO.1631
ロシアが、ウクライナ侵略戦争で、どのくらいの死傷者を出しているのか。公表されないからわからない。いくらなんでも死傷者の管理がなされていないことはないだろうが、軍事秘密という隠れ蓑の中で、何が秘匿されているか、疑惑を打ち消すことができない。
イギリスのチャーチルが、ソ連・東欧諸国が西欧諸国に対して鉄のカーテンを作っていると皮肉ったのは1946年である。鉄のカーテンの中には鉄の人がいた。スターリン(1879~1953)は、1922年以来、共産党書記長に就任し、一国社会主義の建設を強行に推進した。
スターリンは鋼鉄の人の意味である。事前に社会主義のテキストがあるわけではない。スターリンが社会主義を進めるというから、それが社会主義だというだけで、ツァーリ(帝政ロシア時代のロシア君主)の非人間的独裁と本質的差異があったかとは思えない。
スターリンは1930年代には、のちに悪名をとどろかせた大粛清をやってのけた。社会主義建設のためなどではない。スターリン自身が個人独裁を確立するための悪行である。独裁者に従わなければ粛清=排除される。
おカネによって人間の価値が支配される資本主義を排して、社会基盤を支えている労働者のために社会を開拓するのが社会主義である。ところが、その旗を振る人間が独裁権力を握るために人を選別する。そんなものが社会主義であるわけがない。
スターリンから現代までのロシア(ソ連)を一貫している太い流れは、鉄の官僚制であろう。それなくして、スターリンの大量粛清=大虐殺は遂行されなかったに違いない。官僚は非常に保守的である。ゴルバチョフによる改革が頓挫せざるを得なかった最大の障壁は官僚制度だったと思われる。
ロシアの政治家や官僚体制を支えてきた思想(あるいは気風)を少し考えてみる。プーチンのロシアも、その流れの中にあるからこそ帝王を気取っていられる。たまたま、最近興味を引くニュースがあった。
国防次官アンナ・ツィビリョワが、「傷痍軍人のおかげで、義肢製作分野で技術革新が推進できる」と語った。2024年の義肢製作数が6万本増加した。60%の増加だそうだ。ツィピリョワは、プーチンの親族だという。
なるほど、義肢製作が伸びたのは、その分野における技術革新の成果といえるかもしれない。しかし、本人が言うように、戦場で多くの兵士が死傷した結果である。義肢製作で感謝されて、傷痍軍人諸氏はうれしいだろうか。
ツィピリョワの発想を是とするなら、傷痍軍人が増えたのは戦争のおかげである。戦争が長く続いているのはプーチンのおかげである。こんな具合に批判が飛び出すなどまったく顧慮しないようだから、まともな思考ではない。まさに、ロシアには世論が存在しないかのようだ。
トルストイ(1828~1910)の『イワンのばか』(1886)を思い浮かべた。トルストイが、人々に愛された民話をもとに創作した。
イワンには二人の兄と、妹がいる。兄二人は、放蕩、身勝手、好き放題やる。長兄セミョーンは軍人、次兄ターレスは商人だ。権力欲と金銭欲の権化として描かれる。イワンは、二人に父親の財産をすべて気前よく与える。働くのが好きである。手にタコを作って働くだけが生きがいである。
小悪魔と大悪魔が登場して、イワンを誘惑したり、イジメたりするが、信心深いイワンはまったく動じない。ついに、兄二人も悪魔も滅びて、イワンが幸運を手にする。イワンは、純朴愚直、信仰篤い人である。トルストイ自身がそのような生き方を求めたのもよく知られている。
ロシアの権力者とその官僚は、悪魔のようにイワンに直接ちょっかいを出さないところが利巧である。人々がイワンであるかぎり、権力者と官僚は安泰だ。ただし、イワンがナワリヌイになっては具合が悪いから徹底して弾圧する。だから民主主義の芽は可及的速やかに摘み取ろうとする。
プーチンのウクライナ侵略は、ウクライナが鮮やかに変質したことによって、ロシアの人々にその波動が伝搬することを何よりも恐れたからである。イワンは純粋愚直にして信仰篤い人である。イワンは幸運を掴んでいるはずだが、何か違うものを掴んでいると疑い始めたら、次の幕が上がる。
