NO.1629
国際政治学者の藤原帰一氏による朝日新聞8月20日夕刊の「時事小言」は、「私たちは、第二次世界大戦について、戦争の何を記憶しているのだろう」という問題意識から展開されている。少し長めだが主張の要点を記す。
――第二次世界大戦について日本で語られる記憶の多くは、広島・長崎、東京・阪神空襲、沖縄戦などで、軍人でない日本人の戦争経験に集中している。それは軍人でない日本人の犠牲について広く語られても、国外の犠牲者について語られることが少なかった。
戦争を忘れてはならないと私たちが訴える時、将来の戦争を防ぐために戦争の記憶が大きな役割を果たすという認識があるが、日本人の被害だけでは、日本の侵略によって東南アジア、中国においてどのような犠牲が強いられたのかは視野に入ってこない。(奥井注 中国だけでも死者は軍民間合わせて2400万人以上、国内難民1億人とされる)
大戦後に生まれ、戦争について責任を負っていない私たちであっても、戦争について知る責任は負っている。戦争を忘れないだけではなく、これまで目を向けてこなかった戦争の現実を直視することが求められている。――
つまり、日中戦争からの太平洋戦争は侵略戦争であったこと、日本人は、その加害者としての認識をしなければならないと指摘する。
主張は正しいのだが、わたしには一種の空々しさが否定できない。なぜ、非戦闘員の被害ばかりが語られてきたのか。藤原氏は1956年生まれであるが、著名な学者研究者であり知識人である。世間がどんな気風であったか、知らなかったわけはなかろう。これでは上面をなぜた論調でしかない。
日本人の多くが加害者であることに目が向かなかったのではない。加害者であることを知っていたからである。日本が侵略者であることを認めたくない人々が非常に多かった。侵略国の兵士は侵略者である。庶民がたった1銭5厘の赤紙(召集令状)で、嫌々戦場へ狩り出されたにしても、戦場で戦わずにいるのはまず不可能である。弾が前から飛んでくるだけではなかった。
日本軍は、糧食完備で出かけるのではない。現地調達する。現金を支払って食料入手するのが建前だが、住民から必要物資を徴発(強制的に取り立て)した。大東亜共栄圏などと形を取り繕っても、大義名分がなかった戦争であり、破壊、放火、略奪、殺傷、強姦など、相手国の人から見れば無法者でしかない。戦地の行状を赤裸々に語れないような事情で、生還しても心を病んだ兵士が少なくない。気軽に武勇伝を語れなかったのだろう。
戦死者は英霊として靖国に祀られる。いまも国会議員が団体で靖国参拝するが、彼らは侵略戦争だという内外の批判があることを嫌というほど知っている。国のために斃れた人々に感謝と慰霊の気持ちを捧げると形を付けているが、英霊を崇めることによって侵略戦争批判を封じ込もうとしてきた。戦争目的に傷がついては、英霊に顔向けできないという倒錯した理屈である。
無理やり徴兵されて非業の死を遂げた。戦争の本質を隠して英霊などにしてもらいたくないという遺族の切実な異議申し立てもある。いまだに靖国問題がくすぶっているのは、あの戦争の本質にかかわる問題だからである。
なんでもかんでも国のやったことは正しいとするのが、果たして本当に国を愛する立場だろうか。むしろ、過ちは率直に認めたうえで、戦死者に深甚なる慰霊と畏敬を捧げるのが筋道であろう。それをやらずにきた。
とりわけ、日本は自分が始めた大戦を自前で総括していない。東京裁判を戦勝国の身勝手な裁判だと批判する声もあるが、なすべきことをせず、ほとぼりが冷めてから正しい戦争だったとうそぶくのは、引かれ者の小唄でしかない。まことに見苦しいではないか。
藤原氏が、戦争を知らない世代であっても、戦争について知る責任を負うと指摘するのは全面的に正しい。加えて、知識人として率先垂範、きちんと問題を指摘するべき立場にあることを、あえてわたしは指摘しておく。
加害国の兵も民も相手からすれば加害者である。加害国の民が被害だけを主張するのはフェアではない。知識人が、その内面事情を知りつつ上面だけをなぜて、角を立てぬようにご高説を垂れるのもフェアではない。知識人は、真実を語ろうとする言葉の使い手であるべきだ。
