NO.1615
アメリカのハーバード大学ロースクールが、1946年に27ドル50セントで購入したマグナ・カルタ(Magna Carta)の写本が、実は1300年、エドワード1世の時代につくられた原本であると認定された。現在は7部のみ存在するそうだ。
古文書としての値打ちはともかくとして、たまたまではあるが、世界が行先の港を見失って漂流しているような今日、これについて思いをはせるのも大いに意味があると思う。
マグナ・カルタ(ラテン語)は大憲章といわれる。イギリス憲法の土台となって、現在も生き続ける、歴史的文書である。
最初は、ジョン王(在1199~1216)治世時代である。彼は、嫌悪すべきものしかない王だとこっぴどい評価を受けた。フランス王フィリップス2世と戦争し、敗れて、領地で会ったノルマンディーなどを失った。ローマ法王インノケンチウス3世と争って屈服させられた。失地王ともいわれた。
前王は師子王リチャード(在1189~1199)である。第3回十字軍を遠征させたが失敗。「聖職者は景気のいいことを言うが戦争の傷も負担も追わない」とぶつくさ言う始末であった。
その後を継いでジョン王は、さらに戦費を重ね、封建貴族たちから高税を取ろうとするのだから、封建貴族たちの溜まっている不満に火がついた。貴族たちが、王の不法な政治に対して、抵抗してストップをかけた。1215年6月19日、封建貴族たちが、王に、恣意的な課税など禁止を強制して承認させたのが、マグナ・カルタである。
――茲に国法あり。共同体に属する権利あり。王は、そのいずれも尊重するべし。王にして、これを犯すべきことあれば、忠誠はもはや義務にあらず。臣民は反乱する権利を有するに至る。いかなる楣金、援助金も議会によるほのかは課されず。代表なくして課税なし。――(『英国史』アンドレ・モロア)
これは主として封建貴族たちの王に対する権利を再確認したものであるが、近代になって、人民の自由と議会の権利を獲得した内容とされた。権利請願(Petitia of Right 1628)、権利章典(Bill of Rights 1689)と合わせて、イギリス憲法の三大法典とされている。マグナ・カルタ以来810年、イギリス民主主義の屋台骨である。
当時はどんな時代だったか。ロンドン市内でも、ゴミは投げ捨て、豚が徘徊しているという調子だった。常設店舗ができたのは18世紀である。聖書が英訳されたのは14世紀、マグナ・カルタが英訳されたのは16世紀である。そんな時代ではあるが、封建貴族の学習方法は、ディベートとレトリックだったらしい。着々と世の中に対する思索を深めていたのだろう。
アメリカがイギリスから独立したのは、1776年である。その理論的根拠としても活用された。大きくみれば、マグナ・カルタは、単にイギリスの歴史的文書としてだけではなく、世界の民主主義の黎明である。民主主義は一日にしてならず。人間社会の英知が積み重ねられる橋頭保といえよう。
いまの世界の気風は混乱と混迷にある。その原因は、大国アメリカの大統領が世界秩序や民主主義をないがしろにしているからだ。トランプの最大の支えは、選挙で選ばれたということにある。ただし、選ばれたといっても、それが最大でも国民の過半数には及ばない。彼は、大胆、無謀に振舞っているが、視聴率! が下がれば、面の皮ははげる。
トランプは、世界中が、人のよいアメリカ人を手玉に取って利用したから、アメリカは貧乏になったという。欲望に限りがなく、欲望が強いから、アメリカ人は貧乏と感じるのだろう。しかし、経済世界一の国が貧乏を耐え忍んでいるというのは、被害者意識というよりも妄想的錯覚に過ぎない。
真の問題は、大差別社会たる国内にある。視聴率獲得のピエロを演じ続けても、国内問題が悪化こそすれ改善するわけはない。次から次への目くらまし戦術も重たい現実には逆らえない。
トランプが大嫌いであっても、アメリカ人の良識は民主主義が土台になっている。民主主義の歴史を直視せず、思索しない人物が社会のリーダーを務めることはできない。偽物の価値は必ず見破られる。
