NO.1609
国の政策転換であるというが、どうも座り心地がわるい。1971年ニクソンショックといわれた時も、突然、米国はすべての輸入品に一律10%の課徴金をかけると通告して世界中の憤りと顰蹙を買った。こんどのトランプは、さらに輪をかけて嫌な雰囲気を作っている。
朝日新聞(4/3)に、米国保守派論客で政権ブレーンという、オレン・キャスのインタビューが掲載された。
彼は、「中国のWTO(世界貿易機関)加盟で、米国の産業基盤は加速度的に弱体化し、限界に達していた」、「それに伴い社会も弱体化した。とくに中年の低学歴白人の間で薬物やアルコール依存、自殺が増えた。グローバル下、米国は若者を海外での戦争に送り、失業と絶望を輸入し、大切な仕事を海外に送ってしまった」と語った。
長く耐乏生活を送った中国が、経済活動を軌道に乗せて躍進したのは中国人の努力の賜物である。米国産業の弱体化は中国が躍進したからではなく、米国の問題である。グローバル! が、若者を海外の戦争に送り込んだのではない。それをしたのは米国自身である。失業と絶望を輸入したのではなく、米国自身が国内生活をそのようにしたのである。
因縁をつけるという言葉がある。キャスは、相当なインテリらしいが、このような理屈を並べて、トランプ関税が当然だというのだから、ごく一般のわたしからすると、まさしく言いがかり以外の何ものでもない。
ジャーナリスト・思想史研究者の会田弘継によれば、キャスらは、自分たちを真正の保守派と名乗り、その関係者多数がトランプ政権の重要なポストに就いていると指摘する。頭がよいのは尊敬するが、アウトローと変わらぬ理屈を振り回すのはまっぴらご免だ。真正保守ではなく、インテリ・ギャング(IG)というほうが妥当である。
トランプが関税演説で、「長年働き者の米国市民は他の国が豊かになっていくのを傍観することを強いられた」と語ったのは、IGと同じだ。さらに、彼は、「貿易面では、味方のほうが、敵より悪い」とも語った。
キッシンジャー(1923~2023)は、1969年、ニクソン大統領の安全保障問題補佐官から出発して米国政治中枢で活動した。ニクソン訪中のための秘密外交はよく知られている。彼が、米国という国を表現するきわめて的確な言葉を残している。いわく、「アメリカの敵であることは危険だ。しかし、アメリカの友人であることは致命的だ」。
キッシンジャーのジョークとするにはもったいない。米国が、いかなる性根で国際社会に君臨してきたか、これほど見事な表現は他にはない。米国は、決定的に国益と力の均衡で行動する。そのお先棒を担いで走り回っても、対等の仲間という話にはならないという教えである。
E.H.カー(1892~1982)『危機の二十年』(第一次大戦から第二次大戦の間)で、「国際政治において、権力の要素は無視できないが、世界秩序において道義の要素を無視するべきではない。いかなる国際秩序もそれ相当の一般的同意を前提とする」。「英米は、実力をたやすく行使できる相手に対しても、あえて懐柔策を用いた。その道義的優位性によって、超大国の支配的権力が長期にわたって持続した」と興味深い視点を提供した。
そして、「経済的利益は社会的目的に従属させることを率直に受け入れるべきである。経済的利益は必ずしも道義的によいものとは限らないと認めること(が大切である)、と主張した。庶民には常識的な話だが。
しかし、トランプは、目先の経済的優位性だけにとらわれて、超大国として支配的権力を行使してきた過去を切り捨てた。カネに優る道義はないというトランプ不動産の成功原則? を駆使していると思われる。それは、超大国アメリカの自滅を予感させる不吉なものである。
国際社会の米国離れは確実に進むだろう。ことは米国の凋落だけに止まらない。リスクが高い。国内問題を国内で解決できない政治家が、それを他国のせいにすり替えるのは、癌細胞が体内組織を破壊する責任を、他人に押し付けるのと同じだ。国際秩序の軸と見てきた米国がトランプによって自壊しつつある。程度の低い保守が言葉や道具を弄ぶのは危険極まりない。