筆者 高井潔司(たかい・きよし)
前回の原稿で、「関税は平時の戦争武器」と警告した太平洋戦争前の外交評論家、清沢洌の存在を紹介した。国立国会図書館のデジタルコレクションという便利なサイトで、引き続き彼の遺した約20冊の本を読んでいると、目下全世界を驚かせているトランプ大統領の言動が少しは理解できる指摘がまた見つかったので、ご紹介しよう。
それは『米国の研究』(1925年)という本の第三編第一節「米国膨張の径路」という建国以来の膨張の小史である。清沢は移民出身という経歴があるが、決して反米の評論家ではない。むしろ日米開戦を如何に回避するかという立場から評論を書いたリベラリストだ。したがって、以下に紹介するアメリカ膨張の歴史はしっかり資料を踏まえた客観的な歴史だと言える。
まず清沢は、アメリカが「優勝劣敗という強い者には勝手のいい理屈を根拠として、御得意の自由平等もその上に建てられたのだという事実は、何とも否定し得ないところであろう」と指摘する。
アメリカは1775年にイギリスとの独立戦争以来114回の戦争を経て、独立当初13州で「東海岸の帯のように長くなっていた」「ホンの猫の額大の地」が、20世紀初めまでに現在のような広大な国土に膨張、世界最強の国に発展したという。
その最初の標的はアメリカ・インディアンである。1721年以来、「145年間に条約を新たにすること実に24回」、インディアンは「今や合衆国の百分の二の場所―それも白人の恩恵によって与えられたところのインディアン保護地に、依然として数百年前とおなじような生活をしている」と振り返る。先住民を時に武力で、時に詐欺師並みのテクニックで領地を大陸中部にまで拡大した。
続く標的は現在のアメリカ合衆国の中南部、及び西部に領土を保有していたスペイン、メキシコである。現在のルイジアナ州一帯は、スペイン領だったが、スペインはナポレオンによって征服される。そのナポレオンがイギリスとの戦いに苦戦し、ルイジアナの保有は無理と安い価格で1804年、アメリカに売り渡した。アメリカはここにアフリカ奴隷を導入して開発した。その際、フロリダもルイジアナの一部と称し、武力でスペインとインディアンからフロリダを手に入れた。続く標的はテキサスだった。
「テキサスは始めスペインの領土であったが、メキシコがスペインから独立するにあたって、メキシコのものになっていた。南部一帯の綿の耕作に味を占めた米人は、メキシコ政府から植民の許可を得て其処に入り込んだ。しかし彼等が此処に入りこむと、直ちに公然とメキシコ政府に反対した。そしてメキシコの憲法で禁止しているところの黒人奴隷をこの地に引っ張って来た。……彼等の勢力が漸く強大を加えるや、住人を誘ってメキシコより独立する運動を起さしめ、1835年には米人の援助により独立国と認められるようになった」
この後、アメリカがテキサスを合併する動きに出て、1846年メキシコとの間に戦争が勃発する。そして「米軍は対メキシコ戦争に大勝利を得て、其結果テキサス併合を承諾せしめ、ニューメキシコ及びアッパー・カリフォルニア(今の加州)を米国に譲ることを承諾せしめた。之に対し米国は千五百万ドルを支払った」という。
西海岸に到達するや、今度は「西北部ではオレゴン、ワシントン二州に米人の来たりもの次第に多く、英国との交渉で英国もこの事実を認めて……米国に譲った。これら太平洋沿岸の開発のために日本人を招き、いよいよ開発の事業が終わると、日本人を極端に排斥する事実は、日米関係を論じる場合に述べる」と、米国本土の膨張の歴史を明らかにしている。
清沢はこの後、アメリカのハワイへの接近から中南米への支配の拡大の歩みと、その支配、権益を確保するためのモンロー主義を解説している。
今やトランプ大統領はガザでの停戦交渉を提唱しつつ、停戦後のガザ地区の管理を要求している。ウクライナ停戦問題ではウクライナの保有する希少鉱物の開発権を要求する。カナダにはアメリカの一州になれと要求する。一体この驚くべき発想はどこから来るのか、常々疑問に思っていたが、清沢の指摘を読むと、アメリカの伝統への回帰なのだとわかる。まさに「アメリカ グレート アゲイン」である。
その発想は、ウクライナ侵攻をロシア帝国の復活というプーチン、台湾統一を中華の復興という習近平と変わるところがない。アメリカ膨張の歴史は、本来清沢を読むまでもなく自明のことなのだが、民主と自由と平等の国、そしてわが同盟国と、過大な期待の中で、多くの日本人に見落とされて来たのではないか。トランプ大統領の暴言がアメリカの負の歴史を思い起こさせてくれたとも言えよう。