論 考

「関税は平時の戦争武器」と警告した清沢冽

筆者 高井潔司(たかい・きよし)

 私は昨年11月、戦前の日本の中国論、とくに大正デモクラシーの影響を受けた評論家や研究者、新聞社の中国論を検証する『民族自決と非戦』(集広舎)を出版した。

 その際、最後まで取り上げるかどうか悩み、結局時間切れで書き残した人物に清沢洌(きよさわきよし)という外交評論家がいる。出版後も何らかの形で、彼を取り上げようと、目下再び資料を読み直している。そうした作業の中で、まるで今の世界情勢を論じているのではないかと思わせる指摘に出会うことがしばしばだ。

 清沢は1890年(明治23年)、長野県の旧北穂高村に生まれ、1906年から18年までアメリカに移民し、邦字紙の記者などを務めた後、帰国後そのユニークな経歴を生かし、自由主義、平和主義を標榜する多数の著作を残している。

 岩波文庫に代表的な著作の抜粋である『清沢洌評論集』や戦時中の日記で軍国主義を厳しく批判する『暗黒日記』があるが、今ではほとんど忘れ去られた評論家と言えるのではないか。

 彼の評論は高まり始めた当時の軍国主義の批判から、彼自身敗戦直前に亡くなったにもかかわらず、第2次大戦後の世界の安全保障体制としての国連案について、大国(常任理事国)の横暴で機能しなくなる恐れの指摘など各方面で適確な主張を展開している。

 ちょうど今読んでいる『黒潮に聴く』(昭和3年)では、「関税」の応酬を「平時の戦争の武器」となる危険性を訴えている。この部分を読むと、「タリフマン」を自任し、関税を武器に「アメリカ第一」を目指すトランプ大統領の今後の危険性を、思い起こさざるを得ない。

 清沢はこの文章の中で、日本の産業政策、とりわけ鉄工業、石炭・石油産業を、強い保護政策に下で維持しようとするあまり、行き詰っている点を指摘、それは「極端なる国家主義の産物」だと批判した。その上で欧州にも日本と同様の国家主義が広がりつつあると警告を発している。

 それは関税保護主義となって現れ、欧州各国は日本と同様、「まず重要産業の自給を図った。それが為には関税の障壁を高くした。自国だけが高率関税を実施するならば、最も利するのは自国だけであるが、隣国が関税壁を高くして居るのに、他の国が黙って居る訳がない。彼らは何れも劣らずに関税戦を行った。

 こうして関税は平和時代の戦争の武器となってしまったのである。一つの原料も一つの生産品も、複雑にして無用の手続きを経るのでなければ、その目的地に達する訳にはゆかなかった」と、欧州の現状を紹介する。

 その上で19世紀にドイツが関税撤廃によって経済の発展を実現したとの歴史を思い起こし、欧州では一方で国際協調主義の流れも生まれつつあるとも指摘し、関税主義と国家主義の結びつきの危険性を訴えている。

 そして彼は日本のような資源の乏しい国の発展には産業化が欠かせない。そのためには自由な貿易体制が必要であり、そのためには国家主義、軍部主動の政治ではなく、平和外交が重要だと生涯、主張し続けた。

 翻って現在のトランプ旋風をみると、清沢が指摘するようにカナダ、メキシコ、欧州は、トランプ旋風に対応して関税戦を挑もうとしている。極めて危険な兆候だ。

 日本はいまのところそうした対抗策は取ろうとしていない。だが賢明な自制を堅持しているのかといえば、残念ながら、自国のみ除外するよう要請するという抜け駆け策だけで、とても賢明とは言えない。それも拒まれたのだから、全くの無策とさえ言えるだろう。トランプ旋風を放置すれば、いずれ各国とも国家主義の台頭を許す結果を招きかねない。

 前回の原稿では「思惑のない外交なんて?」と疑問を呈したが、この関税問題を含め、貿易立国、日本の外交には積極的なイニシアチブ、指針が必要ではないのか。