論 考

ドリームでなくデストロイだ

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 アメリカンドリームとは、だれにも平等な機会が保障されているアメリカ社会では、人は、才能と努力次第で社会的経済的に成功し、地位がどんどん上昇するという、結構な夢である。

 この夢には歴史があって、実際の体現者は世界各国と比較して多いわけではない。むしろ、歴史のマイナスを思い出さずにはいられない。先住民を暴力で追い出し、狭い地域に閉じ込めた。黒人をとことん差別し阻害した。いまも解決済みではない。

 トランプの演説が白人に向けられたものであることは否定できない。

 「わが国はもはやウォークにはならない」と語る。ウォークとは、社会差別などなくす意識であり、活動する人々だ。

 つまり、ウェイクの過去形であるが、トランプは目覚めないというのだから、なるほど確かにドリームが続くわけだ。

 言葉でおちょくるだけではない。1960年代前半の公民権運動から(もちろん運動の前史は大変な苦闘であった)、こんにちまで人々は「目覚め」を拡大してきた。それをなしにするというのだから、なんともはやゴリゴリの極右思想としかいえない。

 トランプは、就任以来、歴代大統領が4年から8年かけてもできなかったことをすでにやったと自慢した。

 なるほど、たしかにやった。それらの多くは、作り上げていくのではなく、破壊工作である。作り上げることは難しい、時間がかかる。破壊するのは速い。

 本当にDreamだろうか。トランプが面白がってやっているのは破壊でしかない。American Destroyが長く続かないことを期待する。