筆者 高井潔司(たかい・きよし)
久しぶりに中国の友人がわが家に遊びに来た。夕食を囲んで歓談していたら、テレビのニュースでミャンマーとタイ国境の詐欺拠点の案件が取り上げられていた。
23日付の朝日新聞では「国境で詐欺加担 底知れぬ闇」「中国系企業が開発平凡な町一変」と特集が組まれ、同じ日の読売でも「スキャナー」という特集欄で「ミャンマー詐欺 国境に無法地帯」「クーデター機に中国系集団が暗躍」との見出しが躍っていた。
いずれの日本の報道でも、中国人が暗躍と指摘されており、「中国にとって不名誉なことだから、報道規制が掛っているのでは」と推察し、中国側の報道ぶりを聞いてみた。
すると、「中国では何年も前から沢山報道がありました。被害者の多くは中国人なんですから。非常に評判になった映画もありますよ」と、予想外の答えが返って来た。
この友人によると、日本では、最近、タイ当局が行った取り締まりで、日本人の高校生が巻き込まれていて報道が過熱するようになったが、その取り締まりのきっかけは、今年に入って中国の俳優が誘拐され、この地域で電子詐欺に暴力で強制的に加担させられていたことが発覚、今年の春節(旧正月)でタイへの中国人観光客が激減した。その結果、タイの首相が訪中し、両国首脳の間で、取り締まり強化で一致したことだったという。
中国では、投資詐欺やオンライン賭博など一連の詐欺事件を「電詐(電子詐欺)」と言い、何年も前から問題になっていた。今回注目されているミャンマー東部とタイの国境だけでなく、ミャンマー東北部の中国、タイ、ラオスの国境地帯、いわゆる「黄金の三角地帯」で同様の「電詐」事件が起きており、その取り締まりが中国の大きな社会問題になっていたという。国境をまたいでの犯罪だけに中国当局もなかなか手を出せなかった。
「黄金の三角地帯」といえば、かつて麻薬の元になるケシ栽培が広がる無法地帯で有名だった。中国革命後、台湾に追いやられた国民党の蒋介石政権はこの地域を反攻基地として国民党軍を送り込んだが、失敗に終わり、その残党がこの地域に残り、生き残りのために麻薬栽培を広げ、無法地区になった。その後国際的な麻薬取り締まりを受け、この地域では観光開発が進められていたが、近年、それが「電詐」の無法地帯と化していた。国民党軍の残党の子孫も一連の犯罪に関わっていた。
映画化されたのは、目下、取り締まりが進められているミャンマー東部地区ではなく北東部の国境地帯にある犯罪拠点。映画の中国名は「孤注一擲」、日本名は「ノー・モア・ベット」で、友人の勧めでネット検索したら、ネットフリックスなどで簡単に見ることができた。
内容は全く同じ。巧みに中国国内から、誘拐したり、人身売買で連行した人々、強制的に実行役に仕立てあげられるシーンや詐欺にあって苦悩の末、自殺する若者などリアルに描かれている。激しい暴力を伴う映画だが、被害者たちの証言や当局の取り調べに基づいて制作されていて、友人によると、あまりにリアルなので、監督は犯罪グループから命を狙われていたという。
以上、友人の話から、日本の断片的な報道では伝わらない事実が色々と出て来た。例えば、映画の公開年は2023年である。日本でもっと評判になっていたら、今回のようなSNSで誘い出された日本人高校生のケースは防止できたのではないかと思った。
中国報道では、たわいのない事件や事故まで詳細に報道されることがあるが、こうした日本にも関わってくる犯罪についてほとんど報道されてこなかったのは残念なことだ。
そして、報道するにしても、中国が関係するASEAN諸国に取り締まり強化を呼びかけると、「もとはといえば、犯罪組織は中国系ばかり」といったASEAN諸国の戸惑いの声を優先的に伝えることになりがちだ。だから私のように、きっと中国ではこの問題の報道はタブーなんだろうと考えてしまうのだ。